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	<title>一般社団法人 アソシア志友館 &#187; アソシア志友館おもしろ学校(報告)</title>
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	<description>アソシア志友館の行事・活動を紹介しています。</description>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第7回おもしろ学校にて</title>
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		<comments>https://shiyuukan.com/houkoku20241208/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 12 Dec 2024 06:01:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[１２月８日（金）に令和６年度の第７回のおもしろ学校を行いました。講師は、名古屋芸術大学の土井謙次先生です。社会で、テーマは「秀吉が日本を救った？！－９９％の日本人が知らない真実－」でした。 先生から「あなたの秀吉のイメー ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
１２月８日（金）に令和６年度の第７回のおもしろ学校を行いました。講師は、名古屋芸術大学の土井謙次先生です。社会で、テーマは「秀吉が日本を救った？！－９９％の日本人が知らない真実－」でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_01.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_01.jpg" alt="20241208omoshiro_01" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11267" /></a><br />
<br />
先生から「あなたの秀吉のイメージは？」と最初の問いが出され、周りの人と話し合いました。話し合ったイメージが、土井先生の授業を通してどのように変わっていくのかとても楽しみです。<br />
先生から、明治時代の著名な  作家、歌人、宗教家が選んだ好きな歴史上の人物の１位は、豊臣秀吉で、 雑誌「冒険世界」の読者投票の全世界英雄番付の東洋の横綱も豊臣秀吉だったと説明がありました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_02.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_02.jpg" alt="20241208omoshiro_02" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11268" /></a><br />
<br />
本日のデーマ「秀吉が日本を救った？！」につながる、秀吉の５つの政策をランキングして、最も重要なものから最も重要でないものまでダイヤモンドランキングの図に記入するという指示が出ました。<br />
記入する前に、太閤検地、刀狩令（含兵農分離）、通貨政策、文化の保護、対外政策（含キリスト教禁止等）の５つの政策について説明がありました。<br />
<br />
＜太閤検地＞<br />
・面積・体積の単位の統一<br />
・京桝を使用した石高（石盛×面積）の算出<br />
・検地帳には、日本の歴史上初めて下級農民も登録される<br />
・石高制（軍制・税制に利用）<br />
・領主が村の境界を策定する村切が行われる<br />
・自治的な地域社会から領主中心の社会への変化<br />
　　　　　　　　　　　↓<br />
全国統一：システムの統一　……近世社会は秀吉がつくった！<br />
<br />
＜刀狩令（含兵農分離）＞<br />
・刀狩令により、農民の武器所持を禁止し、兵農分離を進める。<br />
・１５６９年、イギリスの兵隊の中で、銃を所持していたのは、６０００人でした。長篠設楽が原の戦いでは、合計６２００丁の鉄砲が使用されました。当時日本は世界最大の軍事大国で、たくさんの鉄砲を所持していました。<br />
・米国の銃暴力の死者は、１万７０００人を超えています。日本が治安がよくて、銃社会ではないのは、豊臣秀吉の刀狩令のおかげです。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
豊臣平和令<br />
大名の平和；惣無事令（１５８５年～８７年）<br />
村落の平和；喧嘩停止令（１５８７年～）<br />
百姓の平和；刀狩令（１５８８年）<br />
海の平和；海賊停止令（１５８８年）<br />
出典『豊臣平和令と戦国社会』藤木久志（東京大学出版社）<br />
</div>
　　　　　　　　　　　↓<br />
平和な日本は、秀吉がつくった！<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_03.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_03.jpg" alt="20241208omoshiro_03" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11269" /></a><br />
<br />
＜通貨政策＞<br />
・日本では中国銭のみが流通していた。秀吉が、１５８７年から通貨単位の統一を図り、６３０年ぶりに国産通貨を発行した。<br />
・重量・品位を定めた法定通貨を発行する。<br />
　　　　　　　　　　　↓<br />
 近世の経済社会の基礎をつくった<br />
<br />
＜文化の保護＞<br />
・秀吉が造った４つの城（大阪城、名護屋城、石垣山一夜城、伏見桃山城）を提示して、４つの城の共通点は何か？という問いが出されました。答えは、茶室のある山里曲輪でした。「領地よりも茶道具ほしい！」という茶による政治、信長から受け継いで、利休に習って、秀吉が大成しました。<br />
・貴族は花見をする習慣がありましたが、庶民にまで花見を広めたのは秀吉です。<br />
・能の保護…贔屓にしていた金春をはじめ、観世・宝生・金剛のいわゆる大和四座の役者たちに給与（配当米）を与え保護することで、支配下におきました。<br />
　　　　　　　　　　　↓<br />
 秀吉が日本の文化を守り、広めた<br />
<br />
＜対外政策（含キリスト教禁止等）＞<br />
・なぜバテレン追放令を出したのか？……九州の島津を攻めに行った時に、秀吉は大変びっくりしました。日本人数百人男女を問わず南蛮船が買い取り、手足をしばって船底に追い入れていることを知ったからです。海外に連行された被害者は、５万人とも４０万人～５０万人ともいわれています。<br />
・サン・フェリペ号事件……スペインの侵略の意図を知って、２６人の聖人を処刑しています。　<br />
　　　　　　　　　　　↓<br />
 秀吉が日本人奴隷の海外流出を防いだ<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_04.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_04.jpg" alt="20241208omoshiro_04" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11270" /></a><br />
<br />
秀吉の５つ政策の説明の後、「正解はありません。皆さんの生き方にとって大切なものは何かを考えて１番から５番まで順位をつけて、ダイヤモンドランキングに記入してください」と指示が出ました。周りの人と意見交換してから、全体に発表しました。日本人が奴隷になっていたという衝撃的な事実を知ったため、多くの人が「対外政策」を1番に記入していました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_05.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_05.jpg" alt="20241208omoshiro_05" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11271" /></a><br />
<br />
続いて先生が秀吉について深堀した内容の説明がありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
通説・秀吉のイメージ<br />
・自分の名前を天下に轟かせる名誉欲<br />
・褒美として渡す領地不足のために朝鮮出兵<br />
・農民出身でありながら、農民の身分を固定化し、税で苦しめた<br />
・弟・秀長の死でおかしくなった<br />
・鳥取城の飢え殺しなど残虐非道<br />
・秀次を自害させ、一族30数人を処刑<br />
</div>
<br />
どうしてこのようなイメージがついたのでしょうか？<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
〇徳川が創った？秀吉の悪イメージ<br />
　神君・家康より偉大では困る<br />
○運の悪さが拍車をかけた悪イメージ<br />
　朝鮮出兵中にスペイン無敵艦隊が英国に敗れ、大義名分を失った<br />
○明治以降の大陸進出の際に美化されたことへの反駁<br />
○中国・韓国への忖度<br />
○支配者が被支配者を虐めるという構図が崩せない<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_06.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_06.jpg" alt="20241208omoshiro_06" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11272" /></a><br />
日本国民が日本人奴隷のことをなぜ知らないのか？なぜ加藤武雄著「豊臣秀吉」はＧＨＱによって禁止されたのか？について、加藤武雄著「豊臣秀吉」のプリントを読んで、周りの人と話し合うように指示が出ました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
GＨＱ焚書<br />
<br />
終戦後、進駐軍が、昭和21年から23年(1946～48年)にかけて、当時流通していた書籍のなかから戦後の日本人に読ませたくない書籍やパンフレットのリスト(7769点)を作成し、それらを秘密裏に没収・廃棄することをわが国に命じた。昭和23（1948）年7月からは全国展開されるようになり、昭和26（1951）年まで続いた。<br />
ＧＨＱに協力したカトリック系大学の教授が本を選別した。奴隷貿易や宣教師による侵略意図、仏像破壊を隠匿するため、それらについて書かれている加藤武雄著「豊臣秀吉」も禁止された。<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_07.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_07.jpg" alt="20241208omoshiro_07" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11273" /></a><br />
<br />
秀吉のイメージを覆す説明がありました。参加者の知らないことばかりで、秀吉に対するイメージがどんどん変わっていきました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
○秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか？<br />
　領土を広げるためではなく、東アジアに進出しようとしていたスペイン・ポルトガルによる植民地化を防ぐために出兵した。<br />
</div>
<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
○秀吉の残虐な行いは？<br />
　秀吉は（基本的に）人命を重んじていた。<br />
　「敵の逃げ道を作ってから攻めよ」<br />
　「戦術ではなく、外交で勝つ」<br />
　「戦わずして勝ちを得るには、良将の成すところである。降参した者は、それ以上　攻めてはいけない。戦いは六、七分の勝ちを十分とする。」<br />
　　　　　　　　　　　↓<br />
　籠城戦（餓死）……早く降参しないから<br />
　非戦闘員串刺し……江戸時代の記録で疑わしい<br />
</div>
<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
○農民を苦しめた？<br />
　刀狩り令と兵農分離は、農民の命を守るためだった。農民は戦闘員から外され、危険を回避できた。<br />
　秀吉以前、兵糧米は自前で不足分は略奪による現地調達をしていた。秀吉は、人夫（農民）の兵糧も準備していた。大軍の急な移動で炊き出しをさせた時は、対価を支払っている。<br />
</div>
<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
秀次を自害させた？<br />
数少ない血縁を殺すとは思えない。本当は生かしておくつもりだったのではないかと疑問がわいてきます。<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_08.jpg"><img src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241208omoshiro_08.jpg" alt="20241208omoshiro_08" width="700" height="525" class="alignleft size-full wp-image-11274" /></a><br />
<br />
先生から、「あらためてあなたの秀吉のイメージは？」という問いがありました。周りの人と交流した後、全体でも交流しました。<br />
<br />
感想を紹介します<br />
<br />
○秀吉がきめ細やかな施策を行っていたことを知り驚きました。イメージでは、お金で人を操ったり、朝鮮へ出兵したりするなど、ちょっとよいイメージではありませんでした。しかし、日本人が暮らしやすくするなどの施策をたくさん行っていたことを知り、大変勉強になりました。少し歴史に興味を持つことができました。日本人を守っていただいた秀吉に感謝したくなりました。<br />
○秀吉については、「人たらし」「立ち回りが上手い」「名古屋出身だか、大阪での人気がすごい」などのイメージでした。また、全国統一した後、弟秀長の死、甥秀次の切腹、朝鮮出兵など、負のイメージが強かったです。しかし当時、日本人が奴隷として売られていたこと、それに宣教師が関わっていたことなどは知りませんでした。また、朝鮮出兵の理由が、スペインの侵略に対抗するためだったという説は刺激的でした。負のイメージの多くは、後につくられたものがほとんどだということも納得です。<br />
○秀吉の人間性を感じることができました。人を大切にする秀吉だから天下人まで上り詰めることができたのだと思いました。こういった人柄だったから、上の人からも重用され、下の人も支持したのだと思います。柴田さんの会社経営に通じるものがあるなあと思いました。力で支配するのではなく、人を幸せにすることで世の中を治めていく、そんな為政者が現れてほしいと思います。<br />
○秀吉のおかげで日本が守られたのかと思うと感慨深いです。アメリカのような銃社会にならなかったことも秀吉のおかげなんですね。また、目から鱗が落ちました。<br />
○びっくりしました。知らないことがいっぱい、教えられていなことがいっぱいありました。史実、資料に基づいているのなら、ぜひとも教科書の記述を変えなければならないと感じています。特に、日本人が奴隷となって西洋に売られていたことを知らさないといけません。まずは史実を固めることだと思います。４０万、５０万の日本人はどこへ行って、どう生活していたのでしょうか。とても気になります。<br />
○秀吉のしたことが今につながっていることが分かり感動しました。歴史上の人物は、遠い存在で、自分とは関係ないと感じていました。今日の授業を受けて、歴史上に今現在があるんだなと思いました。<br />
</p>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第6回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20241108/</link>
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		<pubDate>Fri, 15 Nov 2024 04:03:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[１１月８日（金）に令和６年度の第６回のおもしろ学校を行いました。 講師は、江南市立古知野東小学校の坪内利樹先生です。 総合で、テーマは「生成ＡＩがあればだれでも○○できます。」でした。 先生からの最初の質問は、「テーマの ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
１１月８日（金）に令和６年度の第６回のおもしろ学校を行いました。<br />
<br />
講師は、江南市立古知野東小学校の坪内利樹先生です。<br />
総合で、テーマは「生成ＡＩがあればだれでも○○できます。」でした。<br />
先生からの最初の質問は、「テーマの○○には何が入るか？」でした。<br />
参加者からは、「逆立ちができる」「ブログが書ける」「電車おたくになれる」……が出されました。先生から「音楽の知識がなくても曲が作れます。作曲することを今日のゴールにしましょう」とお話がありました<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_01.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11186" alt="20241112omoshiro_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_01.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_02.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11187" alt="20241112omoshiro_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_02.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
先生からの最初の説明は「生成ＡＩとは何か？」でした。<br />
授業の前に行った参加者のアンケートでは、「日常的に活用している」２３．１％、「何度か使ったことがある」１５．４％、「使ったことはない」６１．５％でした。参加者の６割の人は、生成ＡＩを使ったことがありませんでした。そこで、先生が「生成ＡＩとは何か」について、ＡＩに「小学生でも分かるように教えて」と聞いて、何度もやりとりした内容が下の□の中の４点です。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
<p align="left">・人工知能の力で新たなモノを生成できる</p>
<p align="left">・生成できるのは、文章、画像、音声など</p>
<p align="left">・時々ハルシネーション（間違い）を起こす</p>
・生成ＡＩは人間の力を助けるためのもの<br />
<br />
</div>
先生から紹介された生成ＡＩ<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
<p align="left">ＣｈａｔＧＰＴ（テキスト生成）　Ｃｏｐｉlｏｔ（テキスト生成）</p>
<p align="left">Ｇｅｍｉｎｉ（テキスト生成）　Ｍｉｄｊｏｕｒｎｅｙ（画像生成）</p>
Ｒｕｎｗａｙ（動画生成）　ＳｕｎｏＡＩ（音楽生成）<br />
<br />
</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_03.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11188" alt="20241112omoshiro_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_03.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
人間とＡｉとの対話は、秘書を使いこなすようにプロンプト（指示）を出して修正することを繰り返すことです。参加者はインターネットの検索とは違って、よりよいものを対話で導き出していくことが少しずつ分かってきました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">プロンプト（指示）→回答の作成→修正依頼→修正案………</div>
生成Ａｉの学校現場での活用についても説明がありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
<p align="left">１教材作成・授業準備</p>
<p align="left">  問題作成、資料作成、コンテンツ作成、アイデア出し</p>
<p align="left">２文書作成</p>
<p align="left">  文章の生成、翻訳、要約、校正</p>
<p align="left">３学習支援</p>
<p align="left">　質問応答、学習教材作成、フィードバック</p>
<p align="left">４その他</p>
　事務作業、アイデア創出、コミュニケーション<br />
<br />
</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_04.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11189" alt="20241112omoshiro_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_04.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
いよいよ生成ＡＩ「Ｇｅｍｉｎｉ」を使ってみることになりました。生成ＡＩを使い始めた参加者は、自分の指示を聞いてもらえるのが楽しくて、生成ＡＩの世界にどんどん引き込まれていきました。いろいろと試した後に、よりよいプロンプトについて説明がありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">＜よりよいプロンプトとは＞</div>
<p align="left">・ペルソナの設定     →  役割（立場）は何か</p>
<p align="left">・目的の明確化       →  どうしたいのか</p>
<p align="left">・受け取り手の指定   →  誰を想定しているのか</p>
<p align="left">・回答項目の指定     →  何を答えるのか</p>
<p align="left">・出力形式の指定     →  どのような形か</p>
・回答例の提示       →　例えば……<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_05.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11190" alt="20241112omoshiro_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_05.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
次に、生成ＡＩ「Ｇｅｍｉｎｉ」を使って歌詞を作成しました。歌詞プロンプトの作成に際しては、「曲のジャンル」「ターゲット層」「曲の雰囲気」「歌詞の内容」「歌詞に含めてほしい言葉」の５点を入れるとよいとの説明がありました。<br />
参加者は皆、ＡＩの作成した歌詞を見て、笑顔になっていました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_06.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11191" alt="20241112omoshiro_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_06.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
生成ＡＩ「 ＳｕｎｏＡＩ」を使って音楽を生成しました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
<br />
＜ＳｕｎｏＡＩの特徴＞<br />
<p align="left">　・歌詞に曲をつけてくれる</p>
<p align="left">  ・曲の長さは４分が限度</p>
<p align="left">　・指示通りいかないことも……</p>
<p align="left">　※無料プランの場合</p>
<p align="left">    ・１回の指示で２曲作成可能</p>
　　・１日１０曲まで作成可能<br />
<br />
</div>
１０曲まで作成できるので、参加者は夢中になって音楽を作りました。何曲も作った中で一番のお気にいりの曲で皆と交流しました。<br />
「正月の希望」「若き日の夢」「おもしろ学校」「孫とおじいさん」「永遠の誓い」……名曲がたくさんできました。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_07.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11192" alt="20241112omoshiro_07" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241112omoshiro_07.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
感想を紹介します<br />
○初めて生成ＡＩを使ってみました。おっかなびっくりで、ついていくのがやっとでしたが、「曲が作れる」経験ができ、感動ものでした。レベルアップしている生成ＡＩに初めて触れることができてうれしかったです。<br />
○感動でした。最後の曲作りは、「これだれが作ったの？」と思わず言ってしまうようなでき具合でした。ＡＩが苦手でしたが、最後はルンルンの気分で授業を終えることができました。<br />
○おもしろ学校史上最高におもしろい授業でした。皆さん夢中でした。しかしこの後の発展の様子はどうなるのでしょうか？１年後が全く想像できません。<br />
○生成ＡＩを初めて使ってみましたが、ここまでできるとはびっくりです。詞だけではなく曲まで作れてしまうのは本当に驚きです。学校現場で、学級の歌や行事の歌なども簡単に作れると思いました。是非活用したいと思います。<br />
○おもしろかったです。ただ勝手にＡＩが作ってくれるので、自分で作ったという実感はありませんでした。人知を超えたところで物事がどんどん進んでいく恐怖を感じました。ＡＩを人類が使いこなすようになると、人間の領域を超えた出来事が起こるのではないかと恐ろしくなりました。皆が幸せになる方向に進んでくれることを望むばかりです。<br />
○スマホで簡単に曲ができてまう、目からうろこでびっくりです。本当に便利な世の中になりました。現在の生活に欠かせなくなったスマホ。メールやＳＮＳのみではなく、びっくりする機能があることに驚きです。世界が広がりますね！楽しかったです。</p>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第5回おもしろ学校にて</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Oct 2024 02:41:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[【活動報告】令和６年度　第５回おもしろ学校にて １０月２６日（土）に令和６年度の第５回のおもしろ学校を行いました。講師は、元名古屋芸術大学の鍵野いずみ先生です。美術で、テーマは「アート鑑賞、ここがびっくり！世界の不思議な ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
【活動報告】令和６年度　第５回おもしろ学校にて<br />
１０月２６日（土）に令和６年度の第５回のおもしろ学校を行いました。講師は、元名古屋芸術大学の鍵野いずみ先生です。美術で、テーマは「アート鑑賞、ここがびっくり！世界の不思議な絵」でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_01DSC00267.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11151" alt="20241030_01DSC00267" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_01DSC00267.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
初めに、図工や美術の教科書を見せていただきました。昔(先生の子どもの頃)と比べると現在の教科書は大きくなっています。先生は、中学生の時、教科書に載っていたある作品に出会ったことで美術に関心をもったそうです。ある作品とは、あまりにもリアルに描かれているクールベの「波」と、横への広がりや奥行きがすごく感じられるホッベマの「ミッデルハルニスの並木道」です。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_02_DSC00274.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11152" alt="20241030_02_DSC00274" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_02_DSC00274.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
３人の画家の写真が提示され、だれか分かりますか？と問いかけがありました。答えは、ミロ、クレー、ピカソでした。３人とも日本で人気の芸術家で、写真を見るととても眼光が鋭い共通点があります。<br />
次に、３枚の絵が提示され、３人の中でだれの作品か分かりますか？と問いかけがありました。参加者は、初めて見る絵が多く、なかなか分かりませんでした。<br />
３人はたくさんの作品を作っています。クレーは９５００点、ミロは８０００点、ピカソは１５万点です。３人とも第一次と第二次という２つの大きな大戦を経験しています。パリ万博に日本の芸術作品が出品されてから、ジャポニズムが流行しました。３人も日本の芸術作品に興味をもちました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_03DSC00287.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11153" alt="20241030_03DSC00287" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_03DSC00287.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
「アート鑑賞、ここがびっくり！世界の不思議な絵」の一人目として、３人の中で日本に来たことがあるミロの作品をたくさん紹介してくださいました。絵を描いた時の背景や絵の詳しい説明を聞いて、どんどん芸術の世界に引き込まれていきました。<br />
<br />
自分の画風を模索していた中でセザンヌの作品を参考にして描いた不思議なリアリティがある「シウラナ村」。<br />
日本の生け花のような絵、静物画なのに蝶が飛んでいるヨーロッパにはない変わった描き方の「花と蝶」。<br />
芸術家になることをあきらめさせようとした両親のすすめで会計士となったもののうつ病になり、腸チフスまで発症してしまう。静養先の農園で描いた抽象的な描き方と具象的な書き方が混在した「農園」。<br />
「リュートを弾く人」という元絵とは違い、変な生き物がいっぱい飛んでいる「オランダの室内」。<br />
太陽や星、月、鳥、人間を記号で表現した「絵画」「真赤な太陽と人間」「蒼天の金」。<br />
肖像画に浮世絵を貼って仕上げた「アンリククリフトリカルの肖像」。<br />
題名がないと絵の内容がよく分からない「パイプを吸う男」。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_04DSC00299.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11154" alt="20241030_04DSC00299" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_04DSC00299.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
次に紹介されたのがアルチンボルトの作品です。アルチンボルトは、オーストリアのハプスブルク家の宮廷画家として、ハプスブルク家を称える政治的な寓意画を描いています。「四季」と「四大元素」の２つの連作があり、「春」は「大気」、「夏」は「火」、「秋」は「大地」、「冬」は「水」とそれぞれ呼応しています。どの作品も、たくさんの野菜や果物、植物や動物などを組み合わせて表現されています。<br />
「春」～耳にはシャクヤク、唇には赤いバラ等<br />
「夏」～耳にはトウモロコシ、鼻にはズッキーニ、頬には桃等<br />
「秋」～頭部をブドウ、胴体部分を樽等<br />
「冬」～口をきのこ、頭の上の部分に枝等、マントに紋章が入っている<br />
「大気」～鷲やクジャク等の無数の鳥<br />
「火」～ろうそく、導火線、火おこしの木くず等<br />
「大地」～ウサギや牛等の野山を駆けまわる動物<br />
「水」～エビ、タコ、魚、真珠等の水中の生き物<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_05DSC00302.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11155" alt="20241030_05DSC00302" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_05DSC00302.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
次に紹介されたのがトリックアートで知られているエッシャーの作品でした。参加者は、作品をじっと見つめていて、とても不思議な感覚を味わっていました。<br />
魚はどこで鳥になったんだろう？とだまされてしまう「空と水」。<br />
西へ東へと飛んでいく鳥の群れ、平面的に分割されて模様のような絵柄になっています。背景はオランダの風景で、左側が昼で、右側が夜になっています。シンメトリーの構図になっている「昼と夜」。<br />
歌川国芳の「みかけはこわいが、とんだいい人だ」等の寄せ絵は、アルチンボルトの作品の影響を受けているのではないか、その逆に歌川国芳が影響を与えたのかもしれないと説明がありました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_06DSC00310.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11156" alt="20241030_06DSC00310" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_06DSC00310.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
最後に、紹介されたのはマグリットのだまし絵(トロンブイユ)です。紹介された作品は、不思議な設定の絵や、何でと思える題名がつけられている絵があり、おもしろいなと感じました。<br />
巨大な緑のリンゴが部屋いっぱいに配置されている「リスニングルーム」。<br />
雨が降るように人が配置されている「ゴルゴンダ」。<br />
誰もが知っている海、空、岩をあり得ない設定で描いている「ピレネーの城」。<br />
鳩の中に空が描かれている「大家族」。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_07DSC00333.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11157" alt="20241030_07DSC00333" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20241030_07DSC00333.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
絵を描くヒントの説明の後、参加者が色鉛筆を使って絵を描きました。先生から配布されたマグリットの「大家族」の鳩の中の絵を取ったものに絵を描いてもよいし、紹介された作品を写しても、まねをしてもよいと言われて、安心して作品作りに取り組みました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">＜絵を描くヒント＞<br />
①好きなものを描く<br />
食べ物、自然、花、建物、キャラクター、道具、動物、乗り物<br />
②どんな感じで描くか<br />
不思議、驚く、美しい、可愛い、かっこいい、気持ち悪い、温かい（暖かい）、<br />
冷たい（寒い）、硬い、柔らかい、広い、狭苦しい、<br />
③描写方法<br />
・写実的－絵画的　　・抽象的－デザイン的<br />
④形<br />
・同じ形　　・色々な形<br />
⑤色<br />
・同じ色　　・色々な色　　※明暗でグラデーション<br />
⑥大きさ、配置の工夫<br />
・同じ大きさ、配置の変化　　・同じ配置、大きさ変化　　・大きさも配置も変化<br />
⑦模写<br />
・完コピ　　・アレンジ…色、形、構成</div>
感想を紹介します<br />
<br />
○ミロとクレーとピカソの共通点やいろいろな画法の作品があることが分かっておもしろかったです。有名な画家でもまねして描いていることを知って、まねでもいいんだと思いました。ミロの画家になることを反対されていたという生い立ちに親近感がわきました。作品のすばらしさはもちろんのこと、先生の語彙力と豊かな表現力で、作品の魅力がより伝わってきました。<br />
<br />
○ミロの世界は楽しかったです。自分では想像できない世界が刺激的でした。<br />
<br />
○ミロは正直得意ではなかったので勉強になりました。絵だけだと記憶になかなか残りませんが、歴史の説明もあったのでよく頭に入ってきておもしろかったです。<br />
<br />
○とても興味深い授業でした。特にミロの作品を順を追って見ることができて、見方・考え方を身につけることができました。しかし、やはりそれ何？？？というものもありましたが、それもミロなのですね。頭の中が活性化することができました。アルチンボルトやエッシャーは好きな画家です。知らない作品も紹介してもらって楽しく見せていただきました。なぜ皆が評価するのか、今後も考えながらみたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第4回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20240913/</link>
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		<pubDate>Tue, 01 Oct 2024 03:33:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[９月１３日（金）に令和６年度の第４回のおもしろ学校を行いました。 講師は、名古屋芸術大学の西田拓郎先生です。 国語で、テーマは「松尾芭蕉と出会う～生きた証を刻む～」でした。 授業が始まっても西田先生の姿がありません。助手 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
９月１３日（金）に令和６年度の第４回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は、名古屋芸術大学の西田拓郎先生です。<br />
国語で、テーマは「松尾芭蕉と出会う～生きた証を刻む～」でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_01.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11066" alt="20240913omoshiro_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_01.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
授業が始まっても西田先生の姿がありません。助手の先生に促されて「芭蕉さん」と皆で呼ぶと、芭蕉の姿をした西田先生が登場されました。<br />
最初に、配布された２枚のプリントから「季語を１つ選んで夏の思い出を語りましょう」<br />
という指示が出ました。<br />
参加者が選んだ季語は、「夏の山、夏の空、夏の雲、夏の星、夏の朝、盛夏、ゴキブリ、ビール、薫風、あじさい……」でした。参加者の思い出を聞いて、季語を選んだだけで語りたくなるのが俳句の良さだと説明がありました。<br />
俳句を始めると、幸福で、長生きできるそうです。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">①俳句は→よいところを見つけて表現します。<br />
※不満ばかり文句ばかりの人生から脱却できます。<br />
②俳句は→６５で入門、８０で佳境、９０からが本番です。<br />
※いつまででもできます。西田先生は、始めて３０年たってもまだ若手だそうです。</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_02.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11067" alt="20240913omoshiro_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_02.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第１章～第９章に分けてお話がありました。第１章は、「岐阜と芭蕉」です。芭蕉は、生涯に４度美濃を訪れ、数多くの作品を残しています。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">○芭蕉が見た鵜飼<br />
「おもしろうて　やがて悲しき　鵜飼かな」<br />
○芭蕉が見た岐阜の景色<br />
「此のあたり　目に見ゆるものは　みな涼し」<br />
○「奥の細道」むすびの地・大垣<br />
「蛤の　ふたみに別れ　行く秋ぞ」</div>
芭蕉は、その土地にあるものをほめたたえて俳句にしています。海のない大垣で「蛤」の俳句はおかしいのではと思いましたが、記念館を建てるために掘ったところ蛤がざくざくと出てきました。大垣は大消費地だったので、芭蕉も蛤を食べたであろうことが分かりました。<br />
芭蕉は、「野ざらし紀行」の旅の途中で名古屋に立ち寄っています。名古屋のテレビ塔の北側の木々の間に蕉風発祥の地の石碑が建っているそうです。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_03.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11068" alt="20240913omoshiro_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_03.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第２章は、「人は不満を抱えて生きている」です。男性、女性のさまざまな不満が紹介されました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">「家事や育児、私ばっかりやないの！」「私に自分の時間なんてないわ！」<br />
「家事を手伝っているのに、妻には何もやらないと言われるから、やる気がしなくなった」……</div>
第３章は、「俳句で幸せな生活を」でした。俳句は、いいこと、楽しいことに目を向けて、感動や喜び、発見を題材にして 、それを短い言葉に凝縮するものです。俳句は小難しいという人もいますが、自分の言葉で自分らしく作ればいいのです。そういう俳句が幸せな人生を作りますと芭蕉も言っているそうです。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_04.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11069" alt="20240913omoshiro_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_04.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第４章は、「あなたに寄り添う芭蕉の俳諧」です。<br />
「俳句」は近代の言葉で、芭蕉の頃は俳諧（連歌）でした。最初の５７５を座長が作り、次が７７を作ってつなげていく皆で作るものでした。連歌の発句を取り出して俳句という形式にしました。<br />
「松尾芭蕉」と「俳句創作」は何年生で習うのか？という質問が出されました。参加者からいろいろな学年が出されましたが、なかなか正解が出ませんでした。<br />
「松尾芭蕉」は、小学校３年生の教科書に出てきます。以前は「古池や 蛙飛びこむ 水の音」が紹介されていましたが、今年から「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」が取り上げられているそうです。<br />
「俳句創作」は、平成２０年の学習指導要領で５０年ぶりに復活し、５年生の教科書に出てきます。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">葱（ねぶか）白く　洗ひたてたる　寒さかな<br />
蚤虱　馬の尿（ばり）する　枕元</div>
芭蕉の言葉は、「おくに言葉」であり、「やまと言葉」です。俳句を作った土地の言葉を使うため、「葱」は「ねぎ」ではなく「ねぶか」、「尿」は「にょう」ではなく「ばり」とルビをつけています。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_05.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11070" alt="20240913omoshiro_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_05.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第５章は、「俳句はコミュニケーション」です。<br />
<br />
ある俳句の会の受講者に、「俳句」の「俳」は、「人にあらず」という意味なんですかと言われて辛くなったことがあります。「俳」は人々が向き合っている姿を表しています。自分の気持ちや言いたいことをそのままいうのは俳句ではありません。写真を撮るように作って読者に半分まかせます。自分の気持ちや感動は全部言わないで、余地を残します。読者と一緒に作り上げる文学です。そのために、季語に語らせます。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">もう俳句ができました！<br />
パターン１<br />
（季語）５　　　○○○○○○○７　　○○○○○５<br />
パターン２<br />
○○○○○５　　○○○○○○○７　　（季語）５</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_06.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11071" alt="20240913omoshiro_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_06.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第６章は、「小学生の俳句に大人が学ぶ」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">「運動会　転んで○の　顔を見る」　　Aさんの俳句（小６）</div>
「季語は運動会です。○の中に何が入りますか？」と質問が出されました。参加者からは、「親」「母」「友」……が出されました。正解は「友」です。すばらしいドラマがあったことが伝わってきます。○の中に何が入るか考えることで、自分の思いや経験を生かして人の俳句を自分のものにすることができました。「友」以外の別の言葉を入れたくなったはずです。中学校１年生の授業では、「蟻」を入れた生徒がいたそうです。一生懸命走っている蟻に励まされて立ち上がって走ったそうです。<br />
子どもの俳句がすばらしいのは、「素直」「感動」「自分の現在」「自分らしさ」「自分の言葉」があるからです。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_07.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11072" alt="20240913omoshiro_07" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_07.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
第７章は、「句会ライブ」です。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">句会の手順<br />
①俳句創作　②提出　③清記　④披講　⑤点盛　⑥鑑賞　⑦受賞者談</div>
参加者全員が一句ずつ俳句を作り、画用紙に書きました。先生が作品をホワイトボードに貼っていきました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">披講<br />
①　「（鑑賞者が名乗る）選」「入選○番」「（俳句を読み上げる）」<br />
②　「（作者がフルネームで名乗る！）」<br />
③　「（特選の選句理由）」</div>
たくさんの○がついた俳句の作者から、どんな気持ちをで俳句を作ったのか発表がありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">参加者の作品<br />
「かき氷　２千円超え　高すぎる」<br />
「夏休み　宿題けっきょく　最終日」</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_08.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11073" alt="20240913omoshiro_08" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240913omoshiro_08.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
第８章は、「俳句創作の目的」でした。<br />
なぜ俳句を作るのですかと聞かれると、先生は人生をより楽しく生きるためと答えているそうです。自分自身の生活がより幸せになるように、長生きできるようにするために俳句に親しんでくださいと話されました。<br />
<br />
第９章は。「エンディング」です。<br />
最後に、松尾芭蕉が奥の細道をしめた俳句を紹介されました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">伊勢の遷宮拝まむとまた舟に乗りて<br />
蛤の　ふたみに別れ　行く秋ぞ</div>
感想を紹介します<br />
<br />
○毎日忙しくて笑顔になることが少なかったですが、話を聞くだけでも自然と笑ってしまうとても楽しい時間でした。句を作るのはやっぱり難しいですが、自分の思ったまま感じたまま作る、それなら私にもできるかなと思いました。先生の話に引き込まれ、俳句に一歩踏み入れ、長生きしていけたらなあと思います。<br />
<br />
○自分の思いを短い語句で表現するおもしろさ、楽しさを味わいました。作者の思いと第三者の思いに、共感できることや違いや気づきがあっておもしろかったです。<br />
<br />
○「上手に作ろうと思わない。感じたまま子どものような心で素直に作る。」と聞き、「なるほど、そういうものか」と思って句を作りました。句は半分は作者のものだが、あとの半分は読み手のものであるというのも心に残りました。同じ言葉を聞いても、それに対して抱くイメージや感情は人それぞれであるということに得心しました。<br />
<br />
○自分の作った俳句をほめてもらえてうれしかったです。今まで「俳句を作るよ」と言われたら、「えーめんどう！」と思っていましたが、今回はとても楽しく作ることができました。<br />
<br />
○とても楽しい授業でした。俳句を作ることに異常な苦手意識を持っていましたが、少し評価の言葉を聞けて、びっくりしました。俳句はキライという意識が少し変わった記念すべき日になりました。<br />
<br />
○楽しかった！知らないことがたくさんあったお話でした。俳句は１７文字しかない制約の世界だからこそ、見えない世界だからこそ想像が広がります。今日紹介された句にも、それぞれ世界があり人生がありました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第3回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20240803/</link>
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		<pubDate>Sat, 17 Aug 2024 02:20:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[８月３日（土）に令和６年度の第３回のおもしろ学校を行いました。 講師は、豊橋市自然史博物館の安井謙介先生です。 理科で、テーマは「博物館は展示だけではない！博物館のいろいろ大紹介！！」でした。 最初に、「豊橋市自然史博物 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
８月３日（土）に令和６年度の第３回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は、豊橋市自然史博物館の安井謙介先生です。<br />
理科で、テーマは「博物館は展示だけではない！博物館のいろいろ大紹介！！」でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_01.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11001" alt="20240803omoshiro_03_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_01.jpg" width="700" height="525" /></a>最初に、「豊橋市自然史博物館」の紹介がありました。恐竜エドモントサウルスの購入がきっかけとなり、生物の進化と郷土の自然史をテーマに、１９８８年５月に開館しました。自然史博物館と動物園、植物園が同一敷地内にあるのは日本では唯一で、世界でも珍しいそうです。博物館の評価を示す収蔵点数は約５９万点で、地方の中核都市としては多く、学芸員の方々が努力されていることが分かります。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_02.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11002" alt="20240803omoshiro_03_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_02.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
先生の自己紹介がありました。博物館では、魚類以外の脊椎動物を担当する学芸員です。<br />
研究テーマは、「日本列島哺乳動物相の変遷史」で、かつて日本に生息していた哺乳動物の骨や歯の化石や、現在生きている哺乳類の骨や歯を集めて日本における哺乳類の歴史を調べています。<br />
骨や歯が溶けにくい石灰岩地帯の洞窟で化石を採集・調査したり、田原市の海岸に打ち上げられた動物を解剖したりしているそうです。「死体が大好きで、生きている動物は怖くて苦手です」「死体を集めてニコニコしています」と言われる先生の話に参加者は興味津々になりました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_03.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11003" alt="20240803omoshiro_03_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_03.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
博物館の３つの大きな活動について説明がありました。<br />
①収集・保管　②調査・研究　③教育普及<br />
資料を集めて保管をし、次世代に残すという重要な役割があります。標本があれば、後の世にさまざまなことが分かるからです。集めたものをより深く調査・研究して、それらを含めて教育普及活動（展示、ワークショップ等）をすることも大切な役割です。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
博物館の定義（博物館法）<br />
「博物館」とは、歴史、芸術、民族、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関。<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_04.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11004" alt="20240803omoshiro_03_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_04.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
①収集・保管について説明がありました。<br />
脊椎動物の標本には６つの形態（①交連骨格標本②分離骨格標本③液浸標本④本剥製⑤仮剥製⑥剥皮標本）あります。それぞれにメリット、デメリットがあり、展示や調査研究の目的等を考えて作製しているそうです。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
骨格標本ができるまで<br />
①動物の収集→②死体の冷凍保管・計測→③剥皮・除肉→④除肉→⑤漂白・脱脂→<br />
⑥登録→⑦燻蒸→⑧収蔵<br />
</div>
動物の収集は、博物館では生きた個体をワナを用いて捕殺することしないで、死体を収集しています。<br />
・死体を見つけ（探し）、拾ってくる<br />
・市民、関係機関から博物館に持ち込まれる<br />
・死亡した動物園の飼育個体を譲ってもらう<br />
先生は、死体を見つけたらいつでも収集できるように車にゴム手袋が常備してあるそうです。博物館アルアルで、事務室の冷蔵庫には、食べ物と一緒に死体が保管してあることもあるそうです。<br />
「死体に着いているのみやだにを死滅させるために冷凍保管する」「ボランティアの方々に協力してもらって解剖している」「いつどこで取れたか、オスかメスか、体重や体長等の定められた基準を計測して記録して初めて資料となる」「ロットリングペン（製図ペン）で骨の一つ一つに番号を書いている」「皮を剥ぐのに事務用カッターが重宝している」「骨の中にも油があるので脱脂をする」等々の説明がありました。標本を作る際の大変さがよく分かりました。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_05.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11005" alt="20240803omoshiro_03_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_05.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
②調査・研究について説明がありました。<br />
調査・研究のためなら、地下へでも、海外へでも、どんなところへも出かけるそうです。<br />
洞窟で化石を採集したり、国内外の博物館を訪問して標本を比較したりしています。研究の成果を、学会で発表したり、学術雑誌に投稿したりしています。<br />
研究をしていて、今は北海道にしかいないヒグマが、２～３万年前は浜松にいたことが分かりました。化石から、トラや大型のオオカミがいたことも分かっています。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_06.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11006" alt="20240803omoshiro_03_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_06.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
③教育普及について説明がありました<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
一番の教育普及活動は展示<br />
○常設展示と特別展示<br />
○幼稚園児・小学生でも興味を持ち、理解できる展示<br />
・二段展示：目線によって異なる展示<br />
 上段～実物標本・解説文　下段～四コマ漫画・ハンズオン展示<br />
○全ての人が楽しみながら学べる展示<br />
・ゲームの要素を取り入れた展示、映像機器を用いて楽しめる展示<br />
○展示をより理解するために、学芸員や博物館ボランティアによる展示解説<br />
・展示解説会　・ガイドツアー　・リサーチテーブル<br />
</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
展示以外のさまざまな普及活動<br />
○野外でのワークショップ<br />
○講演会<br />
○バックヤードツアー<br />
○学校との連携…出前授業<br />
○実物標本等の貸出<br />
○自然史博物館自由研究展<br />
○教員のための博物館の日<br />
○職場体験<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_07.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11007" alt="20240803omoshiro_03_07" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_07.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
頭骨や歯の形とエサの関係について説明がありました。頭骨と歯は、上手に食べ物を得られるようになっています。エサの違いにより、頭骨と歯の形は異なります。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
○ヒトを含む哺乳類の歯は、はえている場所で、歯の形が異なり、それぞれに役割があります。<br />
＜ヒトの歯の特徴＞<br />
・切歯・犬歯…形は平べったい、かみ切る役割<br />
・臼歯…形がごつごつしている、噛みくだく役割<br />
○魚類・両生類・爬虫類の歯の特徴<br />
・歯の形はほぼ同じ　・歯の役割は同じ<br />
</div>
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_08.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-11008" alt="20240803omoshiro_03_08" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240803omoshiro_03_08.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
肉食のネコと草食のウサギの実物の頭骨を比較しました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
＜ネコ＞<br />
・獲物を捕まえるため、目が前を向いている。<br />
※ヒトはサルより進化して樹上生活をしていた。木から木へ飛び移る時に距離感を把握するために目が前を向いている。<br />
・犬歯が発達している。突き刺すことはできる。獲物の首に突き刺して、死に至らしめている。<br />
・横から肉を入れて奥歯でかみ切る。<br />
＜ウサギ＞<br />
・目が横についている。右目で右半分を、左目で左半分を見て、ほぼ３６０度見られる。敵を早く見つけて逃げられるようにしている。<br />
・奥歯はすり鉢の横のようになっていて、食べ物をすりつぶしている。<br />
・頭はスカスカになっている。ピョンピョン跳ぶことができるように軽くなっている。<br />
</div>
<br />
まとめがありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">
１哺乳類の歯は生えている場所で、歯の形、歯の役割が異なる<br />
２哺乳類はエサの違いにより、歯の形が異なる。<br />
３哺乳類はエサの違いによりより、頭骨の形が異なる。<br />
</div>
<br />
感想を紹介します。<br />
<br />
○標本の収集・保管、調査・研究などの博物館の裏側について詳しく説明していただきました。知らなかったことが多く、驚きや発見がたくさんありました。本物の標本にも触れることができ、大変興味深く話を聞くことができました。のんほいパークには、以前行ったことがあり、その時に博物館も見学しました。子どもがまだ小さい時だったので記憶が定かではありませんが、恐竜の骨格模型があったことを覚えています。興味がわいてきたので、久しぶりに行ってみたいと思いました。<br />
<br />
○動物の死体を見るとワクワクするという先生の感覚が分かってくる感じがしました。目を背けたくなる死体の中の宝物を掘り出すような体験を日々しているのかなと思いました。２～３万年前は、ヒグマもトラもオオカミも本州にいたという話をもっと聞きたかったです。骨から歴史が見えてくることが分かりました。<br />
<br />
○今回、博物館の役割について楽しく学ぶことができてよかったです。骨を実際に触らせてもらえて歯の役割や鼻の中のことなど、なるほどとよく分かりました。豊田市にも新しく博物館ができたので、今日学んだことを頭に置いてもう一度見て回りたいと思いました。<br />
<br />
○特に先生の死体ＬＯＶＥがよく伝わってきました。バックヤードの話は、学芸員の皆さんの知恵と苦労、工夫がよく分かりました。今度豊橋に行ったら、必ず博物館へ行きます。骨の実物は、極めて合理的であり、自然のすごさがよく分かりました。<br />
<br />
○近くに住んでいるので、豊橋の動物園に行ったことがあります。また一段と今度行く時の楽しみが増えました。楽しそうに骨の話をされている先生がとてもうれしそうで、熱意が伝わってきてワクワクがこちらにも伝わりました</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第2回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20240607/</link>
		<comments>https://shiyuukan.com/houkoku20240607/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 17 Jun 2024 02:07:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[６月７日（金）に令和６年度の第２回のおもしろ学校を行いました。 講師は、岩倉市教育委員会の高橋宏滋先生です。 国語で、テーマは「古（いにしへ）を念（おも）ふ」でした。 最初の質問は、「万葉仮名で情景が詠まれている柿本人麻 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<span style="font-size: 14.08px;">６月７日（金）に令和６年度の第２回のおもしろ学校を行いました。<br />
</span>講師は、岩倉市教育委員会の高橋宏滋先生です。<br />
国語で、テーマは「古（いにしへ）を念（おも）ふ」でした。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_01.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10918" alt="20240607omoshiro02_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_01.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
最初の質問は、「万葉仮名で情景が詠まれている柿本人麻呂の歌から何が見えますか？」でした。<br />
近くの人と話し合った後、発表しました。<br />
「夜明け、月、山、野原、太陽、光、空、かげろう、人……」<br />
「朝、夜明け頃、場所は野原、季節は春か夏……」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;"><span style="font-size: large;"><strong>東野炎立所見而反見為者月西渡</strong></span></div>
漢字仮名交じり文<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;"><span style="font-size: large;"><strong>東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかえり見すれば月傾(かたぶ)きぬ</strong></span><br />
※「かぎろひ」とは、良く晴れた厳冬の早朝、日の出の約1時間前に東の空を<br />
彩る陽光のことである。（奈良県・宇陀市観光協会）</div>
教科書(中３光村図書)では<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;"><span style="font-size: large;"><strong>東の方の野にあけぼのの光が見えて、</strong></span><br />
<span style="font-size: large;"> <strong> 振り返って見ると、月は西に傾いている。</strong></span></div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_02.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10919" alt="20240607omoshiro02_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_02.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
次の質問は、「東から昇ろうとする太陽と西に沈もうとする月は、何を表しているか対比してみまょう!」でした。<br />
周りの人と話し合ってから発表しました。<br />
「生と死、これから隆盛を迎える者と衰退する者……」<br />
先生から対比について説明がありました。<br />
「陽と陰、動と静、若さと老い、生と死、始まりと終わり、開くと閉じる、盛と衰、明と暗、男性的と女性的」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_03.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10920" alt="20240607omoshiro02_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_03.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
太陽と月を対比した後で、「東の方の野にあけぼのの光が見えて、振り返ってみると、月は西に傾いている。」という歌には、雄大な情景だけでなく隠された意味があるのではないかと、先生から問いかけがありました。<br />
<br />
先生の説明です。<br />
柿本人麻呂は天武・持統天皇時代の宮廷歌人でした。宮廷歌人の役割は言霊の霊力で思いを現実化することです。持統天皇の悲願は、病死した息子の草壁皇子に代わって、孫の軽皇子に皇位を継承させることでした。「東野炎立所見而反見為者月西渡」の歌の「炎」は、軽皇子または天武天皇を、「月」は草壁皇子を表しています。持統天皇に命じられた柿本人麻呂が、言霊の霊力で草壁皇子を鎮魂し、同時に軽皇子に天王霊を受霊させる大嘗祭としての意味がありました。<br />
<br />
漢字学者の白川静氏の「初期万葉論」の中の解釈<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">①軽皇子に皇位を継承したい持統天皇は、密かに継体受霊の儀式を計画し、柿本人麻呂に命じた。<br />
②儀式は、冬至前後の早朝に実行された。冬至は、陰と陽、生と死が転換する日であり、再生を意味するからである。<br />
③場所は、阿騎野が選ばれた。阿騎野は、異郷的な仙郷で霊の棲処と考えられる幽界ととらえられていた。<br />
④旅人を装い、阿騎野で野営した軽皇子と柿本人麻呂は、東にかぎろひが立ち、西に月が傾く情景を見た。その日は、西暦692年（持統6年）陰暦11月17日（太陽暦12月31日）だろう。<br />
⑤人麻呂は、ここで長歌１首と短歌４首を詠み、持統天皇の悲願を言霊の霊力で現実化しようとした。</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_04.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10921" alt="20240607omoshiro02_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_04.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
歌に隠された意味について説明があった後、更に納得できない疑問点が先生より出されました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">持統天皇と柿本人麻呂は、なぜ阿騎野を選んだのか？<br />
天皇霊を軽皇子に受霊させる言霊の儀式は、なぜ阿騎野で行われなければならなかったのか？</div>
なぜ阿騎野を選んだのか、周りの人と話し合ってから発表しました。<br />
「盆地だから、山に囲まれていて安全でから、壬申の乱で天武天皇が立ち寄った所だから、代々行っている霊的な聖地だから、秘密に行わないといけないから……」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_05.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10922" alt="20240607omoshiro02_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_05.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
なぜ阿騎野かというの疑問に対して先生から５つの仮説が出されました。それぞれの仮説の説明の後、参加者が、あり得ると思ったらパーを、あり得ないと思ったらグーを出して自分の考えを皆に伝えました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仮説１<br />
持統天皇にとって、阿騎野は天武天皇や草壁皇子との思い出の地である？</div>
壬申の乱における、大海人皇子（天武天皇）鸕野讚良（持統天皇）と草壁皇子の進軍ルートにあたる。<br />
勝利を祈願をした阿紀神社がある。<br />
　　　　↓<br />
ある…９人、ない…６人<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仮説２<br />
冬至の朝、阿騎野から見て、太陽が昇る方角に秘密がある？</div>
太陽の昇る方角には、神武東征で上陸した錦湾がある。<br />
阿紀神社の東には、伊勢神宮が、西には、神武天皇が初めて都をつくった跡地に造られた橿原神宮がある。<br />
　　　　↓<br />
ある…９人、ない…６人<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仮説３<br />
阿騎野は、古事記・日本書紀にも記載されている「神武天皇ゆかりの地」である？</div>
神武東征の際、大和に入る前に宇陀に入ります。神武に従わなかった支配者が多くの血を流したため血原という地名が残っています。<br />
神武天皇が陣をはった最初の城と言われている宇陀の高城、神武天皇が戦勝を祈願してお手植えなさった桜実神社の八房杉など、神武天皇にゆかりのあるものがたくさんあります。<br />
　　　　↓<br />
ある…８人、ない…８人<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_06.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10923" alt="20240607omoshiro02_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_06.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仮説４<br />
阿紀神社と伊勢神宮には、深いつながりがあった？</div>
阿紀神社の社殿は、西向きの造りで西向きに建っています。阿紀神社で祈れば、伊勢神宮を拝むことができます。神武天皇はここに天照大神を祀り、大和制圧を祈願しました。<br />
阿紀神社は天照大神が伊勢神宮に遷る前に最初に降臨した場所です。<br />
　　　　↓<br />
ある…１３人、ない…３人<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仮説５<br />
阿騎野は、不老不死の神仙郷である？</div>
神仙思想…古代中国で，不老長寿の仙人・神人の実在を信じて，自分も仙術によって仙人・神人になろうと願った思想<br />
不老不死になる方法は、薬を飲むか訓練をするかでした。不老不死の薬は水銀でした。大和水銀鉱床群があり、水銀と朱の原料となる「辰砂」がとれました。<br />
日本で最初の薬猟の記録があり、森野旧薬園がありました。<br />
製薬会社のアステラス製薬、ロート製薬、ツムラの創業者は、宇陀市出身です。<br />
　　　　↓<br />
ある…７人、ない…９人<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_07.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10924" alt="20240607omoshiro02_07" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_07.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
ここでもう一度、「炎（かぎろひ）とは何だったのか？」という問いが出されました。<br />
江戸時代の国学者の賀茂真淵は、「東（ひむがし）の野にかぎろひの立つ見えて返り見すれば月傾きぬ」としましたが、賀茂真淵以前は「あづま野のけぶりの立てる所見てかへりみすれば月傾きぬ（月西渡る）」としていて、「炎」は「けぶり」でした。<br />
万葉集の中では、「かぎろひ」の後は、「燃ゆ」が続き、「けぶり」の後は、「立つ」が続いています。<br />
人麻呂が見た「炎」は、「けぶり」だったのではないか？「炎」が「けぶり」だとすると、<br />
東の方角に見えたのは、何の煙なのか？阿紀神社の東には、大和水銀鉱山跡があります。<br />
その鉱山から出ていた「けぶり」を見たのではないでしょうか？<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_08.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10925" alt="20240607omoshiro02_08" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240607omoshiro02_08.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
５つの仮説のうちどれが有力かを周りの人と話し合った後、本日のまとめがありました。<br />
参加者からは「どれももっともらしい」という意見が出ていました。<br />
天武・持統天皇は、国家の危機に立ち向かうためにさまざまなことを行いました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">○律令国家体制の確立・首都の整備・「天皇」の創出<br />
○国家の歴史を創出　＝　古事記・日本書紀を編纂<br />
・建国神話の創造　＝　天照大神の誕生<br />
・天皇を天照大神の直系子孫へ　＝　天皇の神格化<br />
○伊勢神宮の創設<br />
・天皇家の祖神　＝　国家の最高神</div>
宇陀（阿騎野）は、世俗（政治の拠点、飛鳥）と神祇（祭祀の拠点、伊勢神宮）の境界であり接続点でした。そのため、持統天皇と柿本人麻呂は、阿騎野を選んだと考えられます。<br />
<br />
感想を紹介します<br />
○とても興味深く、おもしろい仮説の数々でワクワクしてくる授業でした。かぎろひか？それとも煙か？どちらもありなのではないかと思ってしまいました。そして一つの歌から朝廷だけではなく、朝鮮半島まで語られる見識の広さには驚くばかりでした。<br />
○いつもながら問いの連続で、頭をフル回転しながら考えました。なぜ持統天皇が阿騎野（宇陀）を選んだのか５つの仮説を立てて検証しました。どれも一つ一つ根拠があって、もっともらしくなかなか一つに決められませんでした。柿本人麻呂の宮廷歌人としての役割を知って、この歌に込められた深い意味をより考えさせられました。<br />
○５つの仮説は、すべて正しいと思います。炎が「けぶり」と考えるのは、万葉集では「炎立つ」としか使わないというのは重要なポイントだと思います。天照大神が天武天皇の時代につくられたということや天皇家の歴史もこの時代につくられたということを初めて知りました。<br />
○万葉集のよく知られた歌をとことん深掘りした授業でした。なぜ阿騎野なのかを仮説をいくつも立てて○×で考えながら授業を進められていておもしろかったです。各々の仮説がよく調べられていて説得力があって感服しました。先生の幅広い知識に驚愕しました。よく知られた柿本人麻呂に隠された壮大な秘密に驚きました。<br />
○学校では国語でも歴史でもやらないことを知ることができておもしろかったです。国語で柿本人麻呂の歌をさらっと教えられるのがもったいなと思いました。いろいろな記録から仮説を考えられていてはっとしながら聞くことができて、楽しかったです。</p>
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		<title>【活動報告】令和６年度　第１回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20240517/</link>
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		<pubDate>Mon, 20 May 2024 11:28:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[【活動報告】令和６年度　第１回おもしろ学校にて ５月１７日（金）に令和６年度の第１回のおもしろ学校を行いました。 講師は、元フランクフルト日本人国際学校の三浦光俊先生です。 国語で、テーマは「文学を味わう」でした。 まず ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
【活動報告】令和６年度　第１回おもしろ学校にて<br />
<br />
５月１７日（金）に令和６年度の第１回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は、元フランクフルト日本人国際学校の三浦光俊先生です。<br />
国語で、テーマは「文学を味わう」でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_01.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10882" alt="20240517_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_01.jpg" width="700" height="525" /></a>まず最初に４人のグループをつくって自己紹介をしました。自己紹介後、中学校２年生の国語の教科書に載っている三浦哲郎著「盆土産」を４人で順番に１段落ずつ読みました。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_02.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10883" alt="20240517_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_02.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
「盆土産」を読み終わった後、班で、感想や分かったこと、分からなかったことを出し合ってから、各グループで話し合いたいこと１つ決めて意見を出し合いました。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_03.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10884" alt="20240517_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_03.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
それぞれのグループで何を話し合ったのか発表しました。ズーム参加者も話し合って発表しました。<br />
＜時代背景＞<br />
・電話ではなく速達、えびフライを知らない、給食で鯖フライ→昭和３０年頃より後か<br />
・出稼ぎがキーワードで高度経済成長、オリンピックの頃か<br />
＜経済的状況＞<br />
・小さい墓や食事の様子から経済的には苦しい<br />
＜地域＞<br />
・上野から８時間だから青森か<br />
・夜行で８時間だと東北の岩手か<br />
＜父親の愛情＞<br />
・えびフライというおいしいものに出会ってカルチャーショックを受けた。ぜひ家族に食べさせたいと思った。<br />
・子どもの年齢から考えると、母親の七回忌になるので、帰れないと言っていたが帰ってきた。<br />
＜父親は何を言いたかったのか＞<br />
※最後から２つ目の段落「父親は、まだ何か言いたげだったが、……」<br />
・家族に本当に伝えたいことがあった。重い病気？新しいお母さん？帰ってこられなくなる事情？<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_04.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10885" alt="20240517_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_04.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
三浦先生より話し合う内容が５つ示されました。挙手をして一番多かった４番の題名について話し合うことになりました。各自で考えた後、グループで話し合いました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">１この作品の時代はいつか<br />
２語り手はだれか<br />
・小３の少年　・小３の少女　・大人になった少年　・大人になった少女<br />
３父親はなぜ「えんびフライ」に驚いたのか<br />
４題名は「えびフライ」でなく「盆土産」なのか<br />
５父親はこの後帰ってきたか</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_05.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10886" alt="20240517_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_05.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
なぜ題名を「盆土産」にしたのか、話し合ったことをグループごとに発表しました。<br />
・「えびフライ」は父の土産の中の一つだから。<br />
・祖父や母親は食べただろうかと家族に視点が向いているから。<br />
・帰る予定ではなかったが、生きていれば食べさせてあげられたのにと母親のことを思いながら選んだおいしいえびフライだったから。<br />
・六匹のえびフライは、祖父と母親の分も入っている。父親目線だと自分はお盆に帰ってきたよという「盆土産」になる。<br />
・えびフライは祖父と母親の分もある。迎え火をすると２人の霊が帰ってくる。祖父と母親の分は子どもたちに食べさせる。命をつなぐことになる。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_06.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-10887" alt="20240517_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20240517_06.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<br />
題名について、三浦先生より説明がありました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">「明日はもう盆の入りで、殺生はいけない」<br />
「明日からは盆で、精進しなければならない。」<br />
「まだ田畑を作っている頃に早死にした母親は、あんなにうまいものは一度も食わずに死んだのではなかろうかーそんなことを考えているうちに、なんとなく墓を上目でしか見られなくなった。」<br />
　　↓<br />
苦労して「早死にした」母親への感慨、母や祖父への鎮魂の情<br />
　　↓<br />
「盆土産」は単なる「お盆の帰省の土産」ではない<br />
　　↓<br />
死者も生者も含めた本当の家族の絆をあらわしている</div>
この作品の時代についての三浦先生の説明<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">東京の上野駅から近くの町の駅までは、夜行でおよそ８時間かかる<br />
冷凍食品、えびフライ、赤いスクーター、油とソースを買っておけ、囲炉裏、<br />
バスの車掌（昭和４９年、ワンマン化率６４％）、出稼ぎのピークは昭和４７年<br />
冷蔵庫の普及三浦哲郎　１９３１（昭和６）年　青森県八戸生まれ<br />
時刻表<br />
昭和３９年　昼行特急「はつかり」９時間　<br />
　　　　　　上野ー八戸　夜行特急「はくつる」１０時間<br />
昭和４３年　昼行特急「はつかり」７時間２３分　<br />
　　　　　　上野ー八戸　夜行特急「はくつる」７時間５８分<br />
加ト吉<br />
昭和３７年　冷凍エビフライの製造開始<br />
昭和４３年　家庭用冷凍食品エビフライ発売<br />
昭和４６年　１箱６尾の大型エビフライ発売<strong>この作品の時代は昭和４７年の可能性が高い</strong><br />
<br />
</div>
「父親がこの後帰ってきたか」についての三浦先生の説明<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">三浦哲郎の「出稼ぎ」をモチーフにした作品が１８作品、「盆土産」は１７作品目<br />
「盆土産」に描かれなかった未来を他の作品から推測する他作品で描かれていること<br />
・出稼ぎによって離ればなれになってしまった家族の心。<br />
・都市の文化や価値に染まっていく父親<br />
・父親の変化におびえる子どもの不安な心<br />
・村に残される妻<br />
・親を奪われ捨てられた子供らの悲劇<br />
・都市に居場所を見出せず、かといってもはや村の生活に戻ることもできない出稼ぎ労働者の疎外感１９６４年の１２月２３日の読売新聞夕刊の記事<br />
「お正月はどこにいる」<br />
家出した母親、出稼ぎに行って音信不通の父親を探すため、青森の小学生の三姉妹が上京し、補導された記事。警察の調べで父親の居場所はすぐに見つかり、２４日に４人は再開し、ともに帰郷する。しかし、直後に父親は病死し、三姉妹は孤児になってしまう。この三姉妹の境遇、動向はメディアの注目するところとなる。<br />
三浦哲郎の作品にも同様の境遇を描いた「付添い」がある。（１９７９・３）「盆土産」１９７９・１０発表</div>
感想を紹介します<br />
○作品をどう読むのかを考えさせていただき、「何かを教わる」だけでなく、「自分たちで考える」楽しさを教えていただきました。<br />
○一つの文学作品の中からキーワードを選び、そこから思考を深めることで、さまざまなことが分かることに感動しました。グループで読んで、自由に話し合いをする場面も、深い読み取りを聞く場面も楽しかったです。<br />
○中学校でやったことをすっかり忘れていましたが、当時とは違う視点から得た知識と一緒に思い出せてとてもおもしろかったです。文章から読み取って推理することが好きなので、たくさん話し合えて楽しかったです。<br />
○「盆土産」を読み味わい、グループで交流する中で、自分の中にはなかった考えや視点が生まれました。一人で読んでは疑問に思わなかったような点をたくさん勉強させていただきました。<br />
○文章を読み解くことが苦手でしたが、先生の授業を受けると国語の授業のおもしろさに気づかせてもらえるのでいつも感謝しています。<br />
○小説の中の弟は自分と同じ年頃で、子どもの頃のクリスマスは、生クリームのケーキはほとんどなく、近所のパン屋のバターケーキばかりだったと思い出しました。題名を「盆土産」としているのは、えびフライが一番の土産ではなくて、帰ってくるはずのない父親が一泊でも帰ってきてくれたことが一番うれしい亡き母からの盆土産ではないかと思います。そしてもし母親が生きていてくれたら、えびフライよりジャッコを炙ったもので十分だと思ったんじゃないかと感じました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【活動報告】令和５年度　第１回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/houkoku20230519/</link>
		<comments>https://shiyuukan.com/houkoku20230519/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 May 2023 07:32:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[【活動報告】令和５年度　第１回おもしろ学校にて ５月１９日（金）に令和５年度の第１回のおもしろ学校を行いました。 講師は、岩倉北小学校の高橋宏滋先生です。 国語で、テーマは「やっぱり深い絵本の話」でした。 まず、アイスブ ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
【活動報告】令和５年度　第１回おもしろ学校にて<br />
<br />
５月１９日（金）に令和５年度の第１回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は、岩倉北小学校の高橋宏滋先生です。<br />
国語で、テーマは「やっぱり深い絵本の話」でした。<br />
<br />
まず、アイスブレイクとして、隣同士で、印象に残った絵本の話をしました。<br />
次に、本日の授業で取り上げる絵本「１００万回生きたねこ（佐野洋子 作・絵）」の高橋先生の朗読を聞きました。参加者のほとんどの人が一度は読んだことがある絵本でした。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_01.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10404" alt="20230519omoshiro_01" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_01.jpg" width="700" height="525" /></a><br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_02.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10405" alt="20230519omoshiro_02" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_02.jpg" width="700" height="525" /></a>最初の指示は、「ねこが、（　　）、（　　）話」と絵本の要約をすることでした。<br />
参加者からさまざまな要約の発表がありました。<br />
・  １００万回生きたねこが、１００万回目の人生で大切なことを知った話<br />
・  ねこが本当に愛する人に出会えた話<br />
・  ねこが何度も生きて幸せな生活を見つけた話<br />
・　ねこが１００万回生き返った後で本当の幸せを見つけた話<br />
・　ねこが初めて泣いた話<br />
・　ねこが何回も生きて多くの経験をして悲しさを知った話<br />
・　ねこが１００万回生まれ変わって愛するねこに出会えた話<br />
・  ねこが生きる喜びを知った話<br />
・  ねこが感情をもった話<br />
・　ねこがトラ模様だった話<br />
「幸せ」「愛」「喜び」「悲しみ」がキーワードになっています。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_03.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10406" alt="20230519omoshiro_03" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_03.jpg" width="700" height="525" /></a>次の発問は、「初めの頃と比べて、愛を知ったり、幸せを見つけたり、悲しみを見つけたりしてねこは変わりました。ねこが変わったところを４か所見つけてください。」でした。<br />
参加者から、７つの意見が出されました。<br />
①　自分のねこになって、自分が好きになったところ<br />
②　白いねこに出会ったところ<br />
③　「そばにいてもいいかい。」という感情が生まれたところ<br />
④　自分より好きな家族ができたところ<br />
⑤　初めて悲しみを知って泣いたところ<br />
⑥　愛を知り、未練がなくなったところ<br />
⑦　変わっていない<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_04.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10407" alt="20230519omoshiro_04" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_04.jpg" width="700" height="525" /></a>続いての発問は、「①～⑦の中で、一番大きく変わっているところはどこか、変わっていないとするとどのような説明が成り立つのかを考えてください」でした。<br />
<br />
挙手をしたところ、参加者で一番多かったのは④でした。近くの人と話し合った後、全体で意見を出し合いました。意見を出し合う中で、高橋先生から「この物語は、ハッピーな変化かアンハッピーな変化のどちらが話の中心なんだろう」「白いねこは、ねこを愛していたんだろうか」「ねこは幸福だったんだろうか」という問いが出されて、話し合いを深めていきました。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_05.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10408" alt="20230519omoshiro_05" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_05.jpg" width="700" height="525" /></a>「ねこが幸福だと思ったらパーを、そうでないと思ったらグーを出してください」という問いに対して、全員がパーを挙げました。幸福だと考えたわけを発表しました。<br />
・ねことして感情をもって死ぬことができたから幸せだった。<br />
・幸福だと思えなくなってきた。愛する人に会いたかったら生き返るはずなのに生き返らなかったから。<br />
・悟りの境地、生きている者は必ず死ぬ。そういう経験ができたことはよかったから。<br />
・自分の人生に満足し生ききっている。自分もそうでありたいと思ったので幸せだった。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_06.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10409" alt="20230519omoshiro_06" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_06.jpg" width="700" height="525" /></a>この絵本を読んで高橋先生が愛や幸福について考えた①～⑦の中で、⑥について意見を発表しました<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">①　愛する人と愛される人ではどちらが幸福か？<br />
②　愛されなくても誰かを愛する人は幸福か？<br />
③　愛する人を喪っても幸福になれるか？<br />
④　自分一人だけで幸福になれるか？<br />
⑤　努力すれば幸福になれるか？<br />
⑥　幸福は過去・現在・未来のどこにあるか？<br />
⑦　無条件の絶対的な幸福はあるか？</div>
・ねこは「そばにいていいかい」と白いねこに尋ねました。その時の自分の気持ちに気づいて、どうしたいかを素直に正直に言っています。幸福は、今その時その時の現在にあると思います。<br />
・感じた時が幸せだと思います。感じるのは今なので幸福は現在にあります。過去の栄光を振り返ってあの頃幸せだったとか、５億円が当たったからこの後お金をいっぱい使えて幸せだろうなと思うことは自分の頭の中で考えているだけなのでたぶん幸せではありません。味わった瞬間が幸せだと思うから幸福は現在にあります。<br />
・過去に幸せであっても今辛かったら辛いし、明日飲み会があっても今大変だったら大変なので、今が幸せかどうかが基本となります。<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_07.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10410" alt="20230519omoshiro_07" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20230519omoshiro_07.jpg" width="700" height="525" /></a>愛や幸福について書かれているものを、高橋先生から紹介していただきました。<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">椎名林檎『幸福論』<br />
時の流れと空の色に何も望みはしないように素顔で泣いて笑う君のそのままを愛している故にあたしは君のメロディーやその哲学や言葉全てを守り通します<br />
君が其処に生きているという真実だけで幸福なのです</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">エーリッヒ・フロム『愛するということ』<br />
愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく、「みずから踏みこむ」ものである。愛の能動的な性格を、わかりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、と言うことができよう。<br />
人は自分の生命（自分の中に息づいているもの、喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、すべてのもの）を与えることで他人を豊かにし、自身を活気づけることで他人を活気づける。もらうために与えるのではない。与えること自体がこのうえない喜びなのだ。</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">桜井和寿『名もなき詩』<br />
愛はきっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">有島武郎『惜しみなく愛は奪う』<br />
愛は自己への獲得である。愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられるものは奪われてはいるが不思議なことには何物も奪われてはいない。しかし愛するものは必ず奪っている。</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">宮沢賢治『銀河鉄道の夜』<br />
本当にいいことをしたら、いちばん幸せなんだねぇ。</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">幸福論　　　若松英輔<br />
闇にあるとき　人は／もっとも　強く／光を感じる　そう／言った　人がいます<br />
あなたが　わたしの／心に　残していった／この　暗がりも／光との　出会いを／準備する／ものなのでしょうか<br />
でも　わたしは／薄暗い　場所で／あなたと　いられれば／それで　十分だった<br />
明るいところで／ひとり／何をしろと／いうのでしょう</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">山のあなた　　カール・ブッセ　上田　敏　訳山のあなたの空遠く／「幸」住むと人のいふ。／噫、われひとゝ尋めゆきて、／<br />
涙さしぐみ、かへりきぬ。／山のあなたになほ遠く／「幸」住むと人のいふ。</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">山口尚『幸福と人生の意味の哲学』<br />
私たちは普段そこに目を向けることがないのですが、それでも、いわば私たちを待ちうけるような仕方で、ある超越的な「幸福」はいつもそこにあるのです。<br />
「すべてはあるがままにある」という境地の幸福は、私たちがそこへ目を向けるか否かにかかわらず、そしてそもそも人間の個別的行為の如何にかかわらず、個々人を「超えた」仕方で、つねにすでに私たちを包み込んでいます。</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">佐野洋子『シズコさん』私は、母さんがこんなに呆けてしまうまで、手にさわった事がない。四歳くらいの時、手をつなごうと思って母さんの手に入れた瞬間、チッと舌打ちして私の手をふりはらった。私はその時、二度と手をつながないと決意した。その時から私と母さんのきつい関係がはじまった。<br />
私は老人ホームのベッドの中で、自然に母さんのふとんをたたいていた。<br />
「ねんねんよう、おころりよ、母さんはいい子だ、ねんねしな。」<br />
母さんは笑った。とっても楽しそうに笑った。<br />
そして母さんも、私の上のふとんをたたきながら「坊やはいい子だ、ねんねしな―。それから何だっけ？」<br />
「坊やのお守りはどこへ行った？」<br />
「あの山越えて、里越えて」とうたいながら私は母さんの白い髪の頭をなでていた。そして私はどっと涙が湧き出した。自分でも予期していなかった。<br />
「ごめんね、母さん、ごめんね。」<br />
号泣と言ってもよかった。<br />
「私悪い子だったね、ごめんね。」<br />
母さんは、正気に戻ったのだろうか。<br />
「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ。」<br />
私の中で、何かが爆発した。「母さん、呆けてくれて、ありがとう。神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう。」<br />
何十年も私の中でこりかたまっていた嫌悪感が、氷山にお湯をぶっかけたようにとけていった。湯気が果てしなく湧いてゆくようだった。<br />
私は、五十年以上の年月、私を苦しめていた自責の念から解放された。<br />
私は生きていてよかったと思った。本当に生きていてよかった。こんな日が来ると思っていなかった。<br />
私は何かにゆるされたと思った。世界が違う様相におだやかになった。<br />
私はゆるされた。何か人知を超えた大きな力によってゆるされた。<br />
私は小さい骨ばかりになった母さんと何度も何度も抱き合って泣きじゃくり、泣きじゃくりが終わると、風邪が治った時の朝のような気がした</div>
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">車窓　　　若松英輔<br />
電車で／並んで座り／だまったまま<br />
風景を／見つめていた／あの日<br />
あれが／わたしの／ずっと／探していた／幸せだった<br />
いまになって／ようやく／気がついた<br />
かけがえのない／消えることのない／永遠のとき</div>
感想を紹介します<br />
○正解はないのでしょうが、皆さんの考えを聞いているうちに自分の心と向き合っているような気持ちになりました。今年大事に育てたねこが死んでしまったので、よけいにいろいろと考えてしまいました。<br />
○「１００万回生きたねこ」を使って、こんなに深く話し合えるのだと感動しました。ねこの人生は幸福だったと思い込んでいたところに「本当に幸福だったと言えるのか？」と問い直されて、改めて白いねこの様子を見ていると愛を受けている場面は見受けられませんでした。一方通行の愛は果たして幸せなのかと考えさせられました。もっともっと皆さんと意見を交わしたかったです。最後の歌詞や詩、小説の言葉など、さまざまな角度からの愛・幸福について知ることにより、また深く考えることができました。<br />
○この本は子どもたちに読み聞かせたことがありますが、今回は深く考えることができてよかったです。ねこの人生を通して自分のことを振り返ることもできてよかったです。<br />
○「１００万回生きたねこ」は大好きな絵本であり、先生のお話のもと、とても心の深いところまで考える機会や気づきをたくさんいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。大人になってからも学ぶことや気づかされ感動する本がありますが、この絵本はまさしくその絵本であると思いました。自分の子どもたちや孫にも読んで、どんなふうに感じるのか聴いてみたいなと思いました。<br />
○ねこが変わったところ、幸福だったのかという問いから深く考えることになりました。他の人の意見も伺えたので視野が広がりました。自分の感想もみんなの前で話せてよかったです。</p>
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		<title>【活動報告】令和４年度　第2回おもしろ学校にて</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Jun 2022 13:07:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[６月１０日（金）に令和４年度の第２回のおもしろ学校を行いました。 講師は岩倉北小学校の高橋宏滋先生です。 国語でテーマは「手紙」でした。 先生の最初の質問です。「最近手紙を書きましたか。最近書いた手紙について周りの人と話 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
６月１０日（金）に令和４年度の第２回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は岩倉北小学校の高橋宏滋先生です。<br />
国語でテーマは「手紙」でした。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image1.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10084" alt="20220610_image1" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image1.jpeg" width="700" height="525" /></a> 先生の最初の質問です。「最近手紙を書きましたか。最近書いた手紙について周りの人と話し合ってみましょう？」<br />
<br />
「お礼状を書いた。」<br />
「仕事上では手紙を書いた。」<br />
<br />
「公的な文書は書きますが、私的な文書は、メールやラインになって、ネットの世界にいってしまっているようです。今日は、手で書く方の手紙です。手紙の情緒だったり、意味だったり、送り合うことによって生まれる関係について考えてみたいと思います。」<br />
<br />
「ネタは、昭和歌謡です。手紙をテーマにした昭和の名曲では、何が思いつきますか？」<br />
<br />
「アンジャラアキの『手紙』」<br />
「由紀さおりの『手紙』」<br />
年齢の差を感じます。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image2.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10085" alt="20220610_image2" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image2.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
本日扱う昭和の名曲が紹介されました。太田裕美が歌う「木綿のハンカチーフ」です。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/shiryougazo_01-2.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10087" alt="Microsoft Word - おもしろ学校高橋先生資料「木綿" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/shiryougazo_01-2.jpg" width="700" height="991" /></a>プリントが配られて、「□の①～④には。どんな言葉が入りますか？」と質問が出されました。<br />
太田裕美が歌う「木綿のハンカチーフ」を聞いて答え合わせをしました。<br />
「①贈りもの」「②送る」「③あなた」「④贈りもの」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image3.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10088" alt="20220610_image3" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image3.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
「木綿のハンカチーフ」の歌詞の設定について考えました。<br />
「登場人物は？」<br />
「ぼく」「私」<br />
<br />
「何歳くらいですか？」<br />
<br />
「高校を出た１８歳か１９歳。」<br />
「大学を出た２２歳。」<br />
<br />
「初めはどこに住んでいましたか？」<br />
「田舎」<br />
「九州あたり」<br />
「地方」<br />
「東京より西」<br />
<br />
「この二人は東京に住んだことはありますか？」<br />
「女性は住んだことはありますか？」<br />
「都会に住んだことがなくてイメージで語っている。」<br />
「田舎者というコンプレックスをもっている。」<br />
「女性は住んだことがあって都会のことを知っているので、染まらないでと言っている。」「木枯らしのビル街のことを知っているので、都会に住んだことがある。」<br />
「女性はどちらか分かりませんが、男性はありませんね。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image4.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10089" alt="20220610_image4" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image4.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
「この男性をどう思いますか？近くの人と話し合ってください。」<br />
「東京に関心があって自然かな、行きたいという思いをもった普通の子。」<br />
「自己中心的。」<br />
「世間知らずの田舎者。」<br />
「正直な人。好きな女性ができている。」<br />
「どこにでもいる若造。」<br />
「相手の気持ちを考えることができない人。」<br />
「環境が変わると考え方も変化する。だから歌になっている。」<br />
「純朴。大人になった気になっている。本当の大人になったときに悔やむ。大人になりきれない青年。」<br />
<br />
<img class="aligncenter size-full wp-image-10090" alt="20220610_image5" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image5.jpeg" width="700" height="525" />「男性は、どこで心が変わっていますか？」<br />
「スーツを着た写真を送っているから３番かな。」<br />
「１番、２番では彼女のことを思って贈り物を考えているけど、３番では考えていない。」<br />
「３番では、まだ彼女のことを思って手紙を書いているので、４番だと思う。」<br />
「２番です。指輪を贈るのは、罪悪感からきているので。」<br />
「心は変わらず好きという気持ちをずっともっていたけど、彼女がなびかないので別れることになってしまった。」<br />
<br />
<img class="aligncenter size-full wp-image-10091" alt="20220610_image6" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image6.jpeg" width="700" height="525" />「女性の心は変わっていますか？変わっていると思う人は○を、変わっていないと思う人は×を書いてください。」<br />
<br />
会場では、変わっていると思う人が４名、変わっていないと思う人が１０名でした。<br />
「×　変わってないから贈り物をねだっている。」<br />
「×　彼のことをずっと思っていて、彼のためにハンカチーフをねだっている。」<br />
「○　自分のところへは帰ってこない。ふられたと思っている。」<br />
「○　３番の『ねころぶあなたが好きだった』では、「だった」と好きが過去形になっている。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image7.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10092" alt="20220610_image7" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image7.jpeg" width="700" height="525" /></a> 「どちらが先に心が変わりましたか？男性ですか？女性ですか？」<br />
＜男性＞<br />
「気持ちが先に離れたのは男性。それを戻そう戻そうとしているのが女性。」<br />
「３番の草と木枯らしが対比になっています。ふるさとの自然の中にいる彼が好きなのに、男性の方が先に変わってしまった。」<br />
＜女性＞<br />
「１番の段階で女性は２０％気づいている。どうせ都会に染まるだろうと思っている。」<br />
「男性は４番まで女性のことを思っている。女性は徐々に冷めていっている。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image8.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10093" alt="20220610_image8" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image8.jpeg" width="700" height="525" /></a>「女性がハンカチをねだるところで終わっていますが、男性は女性にハンカチを贈るでしょうか？贈るという人はパーを、贈らないという人はグーを出してください。」<br />
＜贈る＞<br />
「男性は単純でまっすぐなので、言われたとおり贈る。」<br />
「罪悪感をもっているので、別れの印として渡す。」<br />
「単純なので、ちょうだいと言われたら贈る。」<br />
「女性は皮肉で言っていても、気づかずに贈る。」<br />
＜贈らない＞<br />
「毎日が楽しすぎて、そこまでの気持ちがない。」<br />
「別の彼女がいるので贈らない。」<br />
「男性は何で今更ハンカチなのと思った。」<br />
「ハンカチは贈らない。あえてほしいというものは贈らない。」<br />
<br />
「私だったら贈りません。女性は贈ってほしいんでしょうか？女性の気持ちを考えると贈ってほしくないと思うので、贈りません。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image9.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10094" alt="20220610_image9" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image9.jpeg" width="700" height="525" /></a>「『贈与論』を知っていますか？社会学者で文化人類学者のマルセル・モースが、１９２０年代に作り出した考えです。『贈与論』というのは、この世の中のいろいろなしきたりは、贈与関係で作り上げられているという考えです。例えば、贈り物を贈らなければいけないという義務があり、贈り物をもらったら、それを受け取らなければならない義務がある。贈り物をもらったらお返しをしなければいけない義務があるというようにいろいろな人間関係を読み解きました。例えば、年賀状をもらったら返さないといけない。お歳暮をもらったら返さないといけない…。市場経済は物々交換からスタートしたと思います。等しい価値の物どうしを交換するという市場経済が生まれ、それが発展したものが資本主義経済です。モースは、贈り物からスタートしたと言っています。誰かが誰かのために贈り物をする。それに対して受け取った人は、返済しなければいけない義務を負います。これを反対給付義務と言います。返さないでいると借金を背負うことになります。今の世の中のルールとして機能しています。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image10.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10095" alt="20220610_image10" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image10.jpeg" width="700" height="525" /></a>「手紙を受け取ったら返信をしています。受け取った以上は返さないといけません。こういった義務の関係が成り立っています。」<br />
<br />
<span style="font-size: 14.08px;"><a style="font-size: 14.08px;" href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image11.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10096" alt="20220610_image11" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image11.jpeg" width="700" height="525" /></a></span>「贈り物をもう少し本質的なところで見ていきます。男性が『贈りたい』というメッセージを送ると、女性は受け取り拒否をします。それが３回続くと、許してくださいと言います。それに対して女性は贈り物をくださいと要求します。でも、この贈り物をくださいという要求に対して私だったら返しません。贈ることができない物を要求していると思います。決して男性が贈らないと思うものを要求しています。もし、君に合うものを贈りますと言われて贈られたものを受けとってしまったら、女性はそれに対して返さなければならないという義務が発生します。男性の価値観を受け入れました。その関係で贈り物を返します。そういう２人の関係が成立してしまいます。だから女性は、ここでは受け取りません。受け取ると返礼の義務が発生してしまうので断ります。最後に男性が、ごめんなさいと謝ります。そこで女性は、絶対に相手が贈れない物を要求します。男性は返せません。つまり男性が最後まで負債を負ったまま、借金を負ったまま生涯を送るという関係を作っています。悪い言葉で言えば、女性の方が男性に呪いをかけています。」<br />
<br />
「『木綿のハンカチーフ』の曲の感じは？」<br />
「歌詞の意味が重いので、曲は軽くポップにしていると思います。曲を軽くして、歌詞の意味の重さを隠しています。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image12.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10097" alt="20220610_image12" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220610_image12.jpeg" width="700" height="525" /></a>「もし男性が手紙を書くとしたら何と書くでしょう？負債を負った男性は、返さないといけません。もし手紙を返さないとすると、男性はどうすればいいですか？」<br />
「男性が帰ることが、唯一の救済方法です。」<br />
<br />
最後にもう一度、これまでの解釈をかみしめながら「木綿のハンカチーフ」を聴きました。<br />
<br />
感想を紹介します。<br />
<br />
○手紙・言葉、会うこと、（距離）時間の影響力を感じた授業でした。物理的な距離×時間＝心の距離という方程式が私の心の中で出来上がりました。問いに答える他の方の意見もとても面白く、人の感性や価値観、心の動きに気付きが多く、とても楽しかったです。<br />
<br />
○この歌はよく知っていたし何度かカラオケで歌ったことがあったけれど、歌詞についてこんなに深く考えたことはなかったです。歌詞をここまで掘り下げるってなんておもしろいんだろうと感激しました。まさに目からうろこでした。<br />
<br />
○今回は自分が授業者ならという視点をもって授業を受けさせていただきました。授業が終わった後、自分の考えが深く潜っていく実感がありました。それだけ先生の問いが深いのだと思います。今日の授業を通して、発問の深さを深めていけたらいいなと思いました。<br />
<br />
○曲に登場する人物の心情をあれこれと想像することが楽しかったです。学生の頃に受けた国語のテストでは、よく「この作品の筆者は何を伝えたいのでしょうか？」という問いがあったのを覚えていますが、人の気持ちや思いに正解も間違いもないということを今回の授業で改めて感じました。<br />
<br />
○自分の経験上で、同じような経験がありました。一晩泣いて思い出にしました。それにプレゼントはもらわないようにしていました。<br />
<br />
○普段何気なく聞いていた曲も、考察することによって再び楽しめるんだということを知りました。講義のやり方が勉強になりました。質問をして皆さんに考えさせて興味をもたせる、否定的な表現もなくて、受けて気持ちの良い講義でした。<br />
<br />
○よく聞いたことがある「木綿のハンカチーフ」の歌詞の意味をこのようにじっくり考えたことはありませんでした。言葉の裏に深い思い、意味があるんだと感じました。二人のやり取りを贈与論という視点でみた時、男性のほうが負債を負うというところが意外でした。それを消すためにできる唯一の方法は、「会いに帰ること」。彼女の本当に欲しいものは、彼自身に帰ってきてもらいたいということがよく分かりました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【活動報告】令和４年度　第１回おもしろ学校にて</title>
		<link>https://shiyuukan.com/20220520houkoku/</link>
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		<pubDate>Fri, 03 Jun 2022 00:00:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アソシア志友館 事務局]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アソシア志友館おもしろ学校(報告)]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[５月２０日（金）に令和４年度の第１回のおもしろ学校を行いました。 講師は岐阜聖徳学園大学の山田貞二先生です。 道徳「『いのち』の授業をゲスト道徳で」でした。 ゲストティーチャーは、膵腎同時移植をされた加藤みゆき先生です。 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
５月２０日（金）に令和４年度の第１回のおもしろ学校を行いました。<br />
講師は岐阜聖徳学園大学の山田貞二先生です。<br />
道徳「『いのち』の授業をゲスト道徳で」でした。<br />
ゲストティーチャーは、膵腎同時移植をされた加藤みゆき先生です。<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image1.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10035" alt="20220520omoshiro_image1" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image1.jpeg" width="700" height="525" /></a>初めに、山田先生からゲスト道徳の良さについて説明がありました。<br />
「道徳の授業は、普通は、先生がいて子どもたちとやりとりをします。教材の中には、自然とか命を扱ったものとか畏敬の念等、子どもの生活から遠い世界のものがあるので、そういう時にゲストに来ていただくことによって、ゲストが実感できるリアリティーを運んでくれるのです。今日この後で、加藤さんと一緒に授業を行います。ゲスト道徳がどのようなものか見てください。先生一人で授業するよりも、何十倍も何百倍も深く考えることができます。会場とＺＯＯＭの方と一緒に考えていきたいと思います。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image2.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10036" alt="20220520omoshiro_image2" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image2.jpeg" width="700" height="525" /></a>いよいよゲストティーチャーの加藤さんの登場です。<br />
山田先生の最初の質問です。<br />
「加藤さんを初めて見た人が多いと思います。加藤さんの第一印象を聞いてみたいと思います。」<br />
「お母さん感がすごい。」<br />
「すごく優しそうで話しやすそう。」<br />
「大人の雰囲気が漂よいながら、目で顔全体の笑顔が伝わるようなすてきな方です。」<br />
「笑顔がすてきで、すごく元気がもらえる。」<br />
「明るい感じで、笑顔がすてきです。」<br />
「声に力があって、パワフルで元気がもらえます。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image3.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10038" alt="20220520omoshiro_image3" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image3.jpeg" width="700" height="525" /></a>「明るくて、パワフルな加藤さんと授業をしていきます。」<br />
「今日のテーマは『つなぐ』～移植から～です。」<br />
「移植からと書いてあるので皆さんだいたい分かると思いますが、加藤さんは実は小学校４年生の時にインフルエンザになりました。糖尿病、慢性腎不全にもなって透析に苦しんでみえました。普通の道徳は本を読んで終わってしまいますが、ゲスト道徳は本人に語ってもらえるという良さがあります。」<br />
<br />
「加藤さんに病気になられた時のことを語ってもらいます。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">小学校４年生の時に、お友達とスケートに行って楽しんで帰ってきました。そしたら次の日から熱が出て、昭和４６年生まれですが、その当時はあまりインフルエンザとは言われていませんでした。近所の町医者へ行くと風邪ですと言われ、薬を出してもらいました。治るのに一週間くらいかかりました。４１度くらい熱がでましたが、一応治りました。しかし、その後、私は子どもなのであまりだるいとかいうことは気づいていませんでしたが、親が言うにはいつもだったら学校からただいまと帰ってくると、ランドセルをパーと投げて遊びに行く子が、ソファーでごろごろしていたらしいです。父が仕事で忙しくて私の顔を見る生活ではなくて、私が寝たら帰ってきて、私が起きる前に出かけていました。すごく久しぶりに私の顔を見た時に何かおかしいと思ったそうです。何か顔が違う。これはおかしいと思ったそうです。母は毎日見ていたのであまり気づいていなかったんですけど、ちょっと大きい病院に連れて行けということになり、総合病院へ行ったら、一発でⅠ型糖尿病だと分かり、インスリン注射を一生打たないといけないと言われて、その場で入院しました。その時私は、普通の子だったら、一生治らない病気だったら死んだ方がましと悲しむと思います。私の場合は、明日遠足で、行けないことが悲しすぎて、病院のベッドで泣いて、明日遠足に行けない、３００円で買ったお菓子を退院したら食べるので隠しておいてくれと言っていました。お菓子は弟に食べられてしまいました。その時は、病気自体にはショックを受けませんでした。</div>
「その時はですね。透析という病気は、水分との戦いです。ジュースを飲むとか、おトイレのこととかいろいろありますよね。ちょっと話しにくいこともあると思いますが、どんなことが苦しいのか教えてください。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">透析は、皆さんもご存じかもしれませんが、腎臓がだめになるとおしっこが出ません。だからにおしっこで外に出すはずの余分な水分と毒素が体の中にたまってしまいます。じゃあどうしたらよいかというと（腕を見せて）私の場合は人工血管ですけどすごく太い血管が入っています。体の中の血液をここから外に出して機械できれいにして戻すのが透析です。この時、毒素と一緒に余分な水も抜きます。皆さんが病院で採血する時にチクッとして、ちょびっと血が出ますが、あんなものでは体中の血はきれいにできません。動脈を手術して、動脈を表在化して表に出します。動脈は切れたら死んでしまうような大切なものなので、体の中心を走っているんですが、それを透析のために、針の刺しやすいところにもってくることがシャントで、それを使って体中の血をきれいにしてから戻すのが透析です。急に毒素を抜いたり、水分を抜いたりします。体にとってはとってもしんどいです。</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image4.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10039" alt="20220520omoshiro_image4" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image4.jpeg" width="700" height="525" /></a>「皆さんは、透析がどのくらい時間がかかるかご存じですか。近くの方と相談してみてください。」<br />
「３時間くらい」<br />
「５時間くらい」<br />
「半日かかる」<br />
「いい線行っていますね。加藤さん、どのくらいですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">個人差がありますが、私の場合は５時間くらいです。ただ、透析の前に病院へ行って準備をしないといけません。針を刺してから５時間です。５時間後に針を抜いてから動脈血ですから止血が大変です。止血のための時間と着替えの時間を入れるとほぼ半日病院にいました。</div>
「週に何回でしたか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">「週に３回でした。」</div>
「週に３回、５時間の透析、ほぼ半日つぶれる生活をいつから送っていたんですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">「３０歳の時からです。」</div>
「それまでは透析しなくてもよかったんですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">それまではインスリン注射だけだったんですけど、妊娠出産の時に、腎臓が一気にな悪くなりました。</div>
「それから透析することになったんですね。透析しないといけなくなると、飲みたいものを飲めないとか出てきますよね。なぜ飲んではいけないんですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">１日に５００㏄に制限されるんですが、米とか野菜にも他の食事にも水分がメチャメチャ入っています。普通に鍋を食べると一食で1㎏増えてしまいます。その水分を透析で抜かないといけないので、多ければ多いほど血液量も増えていって心臓にも負担がかかり、体がしんどくなります。それを防ぐために、水分をとるのを減らして、透析で抜く水分の量を減らすんです。</div>
「腎臓が悪くなるとおしっこが出ません、汗も出ません、人工で出さないといけなくなります。飲みたいものも飲めません。こういう病気になって、加藤さんは３０歳から５時間透析をやっています。どんな思いで透析と向き合ってきたのか、考えてもらいたいと思います。ゲスト道徳は、まず考えてからゲストに語ってもらいます。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image5.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10040" alt="20220520omoshiro_image5" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image5.jpeg" width="700" height="525" /></a>「いつまでこういう生活が続くのかという不安な気持ちになります。」<br />
「自分は大病になったことがなく、病気になったときに前向きになれるか不安です。加藤さんがどうやって前向きな気持ちを持つことができたのかと考えていました。」<br />
「日々透析に行くのは受け入れられないと思います。」<br />
「透析は憂鬱で、家族のことも心配になったと思います。」<br />
<br />
「加藤さんに聞いてみたいと思います。日常生活は苦しいですか。一言で言えないと思いますが、皆さんに教えてあげてください。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">最初は、透析しないと生きていけないのでしていました。同じ病気の人でも個人差があります。Ⅰ型の人でも元気に透析しながら働いていらっしゃる人もいます。私の場合は、合併症がたくさん出てしまって、透析だけだったら多分耐えられたんですが、シャント、人工血管がつまるので、毎月つまりを取る手術をしていたり、足が感染症の壊疽、感染症の薬が効かない耐性を示す黄色ブドウ球菌が怪我をしていないのにいきなり２株ついて、足を切断しないといけなくなったりしました。その時、運が良くてよい先生が診てくださって、足が壊疽になった時、息子が小学校の２年生だったんですが、若い加藤さんの足は切りたくないと言ってくださいました。右足だったんですが、また熱を４１度出していました。薬でやっつけられない菌が全身を回って熱を出していました。本当だったら足を切断したら私の命は助かります。足はあきらめないといけませんが、ただこの先生はまだ子どもの小さい私に、足を切断するとその後の余命が１５年縮まる。だから足を切りたくない。粘らせてくれないかと言ってくださいました。３年いろいろな治療をしていただいて、治してくださったので、今足がついていて、行きたいところへどこでも行けるんですが、この３年の間、家族の世話にならないといけませんでした。車いすに乗っている時は、トイレへ行くときも夫に連れて行ってもらわないといけません。足がすごく痛くて、消毒になると逃げだしたくなるほどでした。息子が小学校５年生の時、透析で取り切れなかった毒素というか余分なものが、指にたまって手も合併症になって、手が痛くて動かなくなりました。自分で歯も磨けない。顔も洗えない。頭も洗えない。じゃあだれがする？夫です。小学生の息子の面倒をみられないどころか自分の面倒もみられませんでした。包丁も持てないので、料理も作ることができません。何のために生きているんだろう、当分治らない病気なのでいつまで続くんだろう、私が死んだら皆が幸せになると思いました。夫も若いので、健康な奥さんがもらえるんじゃないか、息子にはお母さん病気だからごめんねと言ってありましたが兄弟ができるんじゃないか、私が死んだら皆が幸せになるじゃんと思いました。</div>
「どんどんネガティブになっいきますよね。世話にならないといけないとか、何のために生きているんだろうか、皆さんは死について考えたことはありますか。死んだほうが皆が幸せになるんじゃないかと、小学校では聞きませんが、皆さんは大人なので死ぬということについて考えてみたいと思います。自分が死ぬことについて、死んだ方がいいんじゃないかとか考えたことはありますか。人生経験のある大人なので聞いてみたいと思います。」<br />
<br />
「２０年前に２か月入院して、死ぬこともあるかなとか、子どもが小さいのになと思いました。病院で外を見ていて、車のライトを見るだけで苦しくなったことが思いだされました。」<br />
「死ぬことまでは考えていませんでしたが、死んだら楽になるなと思ったことはありました。」<br />
「家庭でゴタゴタがあって、死んだほうが楽かなと思ったことはありました。」<br />
「中２の時に、家庭の事情で死にたいと思ったことがありました。」<br />
<br />
「加藤さんは、そういうところから移植をされました。２００３年に移植の登録をして、２０１０年に腎臓と膵臓を脳死の人から移植をしました。子どもたちには、臓器提供意思表示カードを見せた後に、移植とは何かわからないので、移植というのはということで、図を見せて、人が亡くなった時に、内臓を病気で困っている人に移すことだよという話をしています。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image6.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10042" alt="20220520omoshiro_image6" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image6.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
「加藤さん、移植をして生活が変わりましたか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">臓器ってすごいなと思いました。日一日とみるみる元気になっていくことを感じました。パワーがあふれるようでした。当然おしっこが出るわけです。トイレに行くとおしっこが出る。とてもうれしくて声を上げて喜びました。中１の息子にバカじゃないのと言われるほどでした。</div>
「加藤さんは、移植をしてもらって当然幸せでしたよね。おしっこも出たし。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">幸せじゃなかったです。</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image7.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10044" alt="20220520omoshiro_image7" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image7.jpeg" width="700" height="525" /></a>「おしっこも出たし、ジュースも飲めますよ。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">飲めます。いっぱい飲めます。</div>
「幸せじゃなかったの」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">幸せではありませんでした。</div>
「おしっこが出たのになぜ加藤さんは幸せではないのか、近くの方と相談してみてください。」<br />
<br />
「いろいろできるようになっても、他の人と比べると不便だなと思うことがあったんじゃないかな。」<br />
「生活が変わって元気になったけど、移植を受けた側なので、亡くなった人のことを考えたんじゃないかな。」<br />
<br />
「自分はよくなったけど、自分だけでいいのかなと思ったんじゃないかな。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image8.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10045" alt="20220520omoshiro_image8" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image8.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
「移植をして、喜んではいけないんでしょうか？」<br />
<br />
「喜んでもいいけど、亡くなった方も含めて、家族のことを気にしてしまうと思う。」<br />
「せっかくいただいた命なので、喜べばよい。」<br />
「できないことができるようになれば、感動するのは普通かなと思う。」<br />
「喜ばないのも提供してくれた人に申し訳ないと思う。」<br />
「家族のことを考えると、一緒に喜んであげてもよいと思う。」<br />
「加藤さんが言われた幸せでないという表現は、本心ではないと思う。表現の仕方が違うのではと思います。ぼくは幸せだと思います。僕の例を出すと、腎臓も膀胱もありません。手術をし命をいただいて、今闘病している最中ですが、すごく加藤さんの気持ちが分かります。私は全くおしっこが出ません。出る喜びは分かるし、糖尿病でこれだけ苦しんでいて、移植手術が成功したというのはすばらしいことで、ドナーの方にも感謝したいし、自分が今生きていて支えていただいている人に対しては感謝の気持ちでいっぱいだけれども、自分自身は副作用のことが心配だったり、ドナーの人や家族はどうだったんだろうかとか、この後、自分がそれに見合うだけの生き方をどうしなければいけないかと考えたりしたんだと思います。幸せだけれども、幸せではないと言われたのは、そこまで大っぴらに喜ぶことは自分では表現できないんですよ、分かってねという気持ちじゃないと思います。」<br />
<br />
「幸せじゃないと言われた思いを皆さんに伝えてもらってもいいですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">その時の私は、入院中で、ＩＣＵを出た段階からみるみる元気になっていったんで、親戚とか来ていただいた時に１００％言われたのが、顔色がぜんぜん違う、見るからに違う、よかったね。よかったね、会う人会う人みんなが言ってくれました。私はよかったとは思えませんでした。だってだれかが亡くなって、その人の大切な家族が悲しんでいるのに、よかったなんて言えない、どんどん元気になっていく私の幸せが、だれかどこかで起こった不幸とその家族の悲しみの上にバタッと乗っかって、踏んづけて、足げにして、その方の不幸の上に私の幸せがあると思えて、とてもじゃないがよかったと思えませんでした。元気になればなるほど、自分のせいでドナーさんが死んだんじやないか、私の幸せのために死んだんじやないかという思いがぬぐえませんでした。</div>
「 健康になったときは幸せだった？」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">そうですね。</div>
「人の死の上に自分の幸せがあることが許せなかった？」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">みるみる元気になる体に心がついていけませんでした。</div>
「自分だけが幸せになるという感覚がありましたか？」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">そうですね。自分だけが幸せになるのは、申し訳なかったです。</div>
「という思いがあって、手ばなしで幸せと言えなかったんですね。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">言えませんでした。</div>
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image9.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10046" alt="20220520omoshiro_image9" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image9.jpeg" width="700" height="525" /></a>「加藤さんは、今は幸せだと言われます。どうやって乗り越えたんでしょうか？近くの人と相談してみてください。」<br />
<br />
「日本では、臓器の提供者を教えてくれませんが、ぼくは教えてほしい。彼女の中で自分の子どもがまだ生きていると思えてならない。自分の身内が移植した人の中で生きていることが分かることはうれしいことだと思う。」<br />
「同じ経験の人で、同じ悩みを持った人と話せるとちょっと乗り越えられると思います。家族にとって自分は死んだ方が皆が幸せになれるという気持ちになったことを考えると、家族のために生きようと思ったと思います。」<br />
「いろいろな方へのありがとうの気持ちを示すことで乗り越えることができたと思います。」<br />
「講演をすることでバランスを保っていたと思います。」<br />
「喜ばれた家族や友だちなどの身近な人の思いを受けとめたんだと思う。」<br />
「生かされていることへの感謝、人にできにない体験をされたので、その体験を伝えていく、それが自分のできることかなと思われた。」<br />
「悩んだり苦しんだりされたと思う。その先に、人の役に立とう、人のために生きようと決めたんだと思う。」<br />
「生かされたということで、自分の道、使命ができたんじやないかと想像します。」<br />
「亡くなった人の分まで生きよう決められて、生きているからこそ、その人からの思いをきっちりだれかに送っていこうと決断されたと思いました。」<br />
「申し訳ないというか、自分だけ幸せでいいのかという気持ちがあったけれど、だからこそ逆にもっと長生きしないといけないとか、自分が元気でいることがその人にとっても幸せになるんじやないかなという気持ちになったと思います。」<br />
「感謝の気持ちがあり、生きている喜びを実感していると思います。加藤さんは、自分の生き方をすごく考え、社会にどう貢献していったらいいのだろうかとか、生きることの大切さを他の人にも伝えていきたいとか、生きるって何だろうということを、健康になっていけばいくほど自分の生きる意義って何だろうと考えるようになってきたのではないかと思います。それがゲストティーチャーによんでいただいたりだとか、生徒に伝えたりする行動につながっていって、心が素直になっていったんじやないかと感じました。」<br />
「最初は、自分が生かされて不幸にしてしまった罪ほろぼしで生きていろいろやっているうちに、いろいろな人と知り合って意見をもらったり、講演で感謝の声をもらったりして、その中でようやくこういう生き方があると見いだしていって、今の幸せに結びついたと思います。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image10.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10047" alt="20220520omoshiro_image10" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image10.jpeg" width="700" height="525" /></a><br />
「加藤さん自身はどうやって乗り越えたのか教えてください。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">移植をしてちょうど９か月たった時に、ドナー慰霊祭があって、移植者をレシペントと言いますが、レシペントを代表して感謝のスピーチをしてほしいと依頼を受けました。今はコロナでやっていませんが、覚王山の日泰寺で一年に一回ドナー慰霊祭があって、そこに来る人は、会場には３００人くらい来ていたんですけど、まず私のように移植で元気になった人、ドナーファミリー、そして移植医療の関係者の方々でした。<br />
びっくりしましたが、お忙しい中参加された移植医療のドクターの方々は、ドナーさんの家族に対して敬意をはらっていて、参加費を払って参加されています。そこで、感謝のスピーチをさせていただきました。私が話し終わった壇上に、たくさんのドナーファミリーさんが駆け寄って来てくれたんです。そして言われた言葉がありました。「もらってくれてありがとう」びっくりしました。いえ、とんでもない。私が助けていただいてありがとうございますです。また、他の家族の方がおっしゃいました。「あなたが元気だとうれしいよ」また、別の家族の方がおっしゃってくださいました。「ずっと元気でいてね」そこで初めてドナーファミリーさんは、移植を受けた患者が元気だということを喜んでくださるんだということを教えてもらいました。きっと、見ず知らずの人が元気よりも、ご家族が元気でいてほしかっただろうにといろいろなことを考えましたが、私にそう言ってくださったことで肩の荷がおりました。<br />
中学校の同級生にお坊さんがいて、そのお坊さんに愚痴ったことがあります。皆がよかった、よかったと言ってくれるけど、よくないよね。だってどこかの誰かが亡くなっていて、悲しんでいる家族がいるのに、そうしたらそのお坊さんに言われました。ドナーさんは残念だけど、そこで亡くなるご縁だったんだよ。あなたが臓器をもらったこととは関係ないよ。そこで亡くなるご縁だったんだからね。そのご家族が最後に誰かの役に立ってほしいと言ってみえるのを新聞で読みました。移植は珍しいので、ドナーファミリーのコメントが新聞に載っていて、夫に新聞を取っておくように頼んでおいて、退院して読みました。そしたら私の臓器のご家族は、最後に誰かのためになってほしいとコメントを出されていました。最後に誰かの役に立ってほしい思ってご家族が提供したんだから、もらった臓器が私の役に立つこと、私が元気でいることが、そのご家族の願いをかなえている。だから、ご家族はあなたにありがとうと思っている。そう言われて、そうか、お坊さんに言われて初めてドナーさんが亡くなったのは私のせいではないと思えました。それまでは私のせいだと思っていました。ドナーファミリーの言葉とお坊さんの言葉で、だったら私が元気に楽しく精一杯生きることが、最大の恩返しなんだと思うことができるようになりました。</div>
「皆さんから出されたものが話の中に全部出てきましたね。自分も感謝しているけど、ドナーさんも感謝している。生かされているからとか、役に立つとか、使命とか、加藤さん、仲間はどうですか。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">仲間もですね。移植は少ないので、新聞に載りました。そうしたら病院に、膵腎同時移植を受けている患者さんが会いに来てくれました。もちろん初めてお目にかかる人ですけど、私も同じ移植を受けています、よろしくお願いしますということで、今では大親友です。同じ仲間ができたことも、気持ちを共有できるということでよかったです。</div>
「先ほど、相手が分かった方がいいという意見がありましたが、相手が分かった方がよいか、近くで相談してみてください。」<br />
<br />
「すごく難しいです。２人分生きている感じがするので、分かってもよいかなと思います。」<br />
「迷いますが、知りたいと思います。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image11.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10048" alt="20220520omoshiro_image11" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image11.jpeg" width="700" height="525" /></a>「加藤さん、どうして日本ではドナーの名前を教えないのか、皆さんに教えてください。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">いろいろな人がいるからです。そんなことはないにこしたことはないのですが、私どもは元気になって相当の感謝をもっています。こんなに元気になったというご挨拶をさせていただいた時に、何か見返りをくれと言われたらどうするか、法律上の話になります。その他には、私たちは、免疫抑制剤などたくさん薬を服用しています。自分じゃない命を、薬を飲まないと攻撃されてしまうので、一緒に生きるためにいろいろな薬を飲んでいます。それによる副作用もあります。それがいやで薬をやめてしまう人もいます。せっかくいただいた命なので、大切にしないといけないんですが…。いろいろな事情で素性を知ることができません。ただ、手紙を出すことはできます。臓器移植ネットワークに手紙を書いて渡します。そうするとネットワークさんは、ドナーファミリーに確認をとってくれます。手紙がレシペントから来ました。受け取りたいですか。受け取りたいと言ったら渡してもらいます。思い出したくないからいらないわと言ったら渡りません。逆もあります。ドナーファミリーから手紙が届いて膵腎同時移植の人にお返事を書きました。渡してもらえますかということも可能ではあります。なので、私がこんなに元気だと言うことを、私がどこのだれか分かりませんし、ご家族もだれか分からないけれども、ご家族が拒まなければお知らせする手段はあります。</div>
「加藤さんは感謝の気持ちを伝えていますか？」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">はい、毎年、命日近くに手紙を出しています。</div>
「学校ではこんな感じで授業をやっています。本当によくない授業は、はい、命を大切にしましょうねというふうに終わってしまう授業です。せっかくの話を台なしにしてしまいます。この後は、子どもたちに、今日の授業を受けて感じたことを書かせて、授業の振り返りをさせて終わっています。皆さんの感想を聞いてみたいと思います。近くの方と授業の感想を話し合ってください。」<br />
<br />
「自分の祖父のことを思い出しながら聞いていました、祖父は認知症で、いろいろな検査をしたり、透析をしたりしています。おまえが結婚するまで生きると言ってくれます。言っている言葉の意味の強み、思いの強さ、生きることの大事さを別の角度から感じた授業でした。」<br />
<br />
「こうして自分に置き換えていく。こうやって授業を受けてくれると本当にうれしいです。自分の生き方を振り返ってくるんですね。」<br />
<br />
「つなぐというのは、人と人の間をつなぐこと。コロナだからよけい感じます。亡くなった方のことを自分の中でしっかりとらえて、自分はどう生きていくのか考えて行動しないといけないと思いました。」<br />
「ゲストティーチャーに話してもらえて本当によく分かった。」<br />
「母親が脳死の状態になったが、当時は臓器移植がなかった。母親がドナーとなっていたら、幸せになっていたと思います。」<br />
「物事の深み、単純ではないできごとを考察したり、みんなで話し合ったりしていきたい。」<br />
「日頃は、生きることを考えるだけですごいことだと思います。自分が一生懸命生きることだけではなくて、移植ということを通して、生かされているということを改めて深く問い直すことができた授業ではなかったかなと思います。感謝をしたいと思います。ドナーさんの立場では、役に立ってくれてありがとうという感謝の気持ちであり、分からないドナーさんに対して、分かりたい気持ちはあるんですけど、私の命をつないでくれてありがとうという感謝の気持ちでもあるという内容がよく分かりました。自分が一生懸命生きることが社会への感謝であり、人への感謝であり、自分の周りの人への感謝の気持ちの表現かなと改めて強く思いました。」<br />
<br />
<a href="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image12.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-10049" alt="20220520omoshiro_image12" src="https://shiyuukan.com/wp-content/uploads/20220520omoshiro_image12.jpeg" width="700" height="525" /></a>「最後に加藤さんからメッセージをもらいたいと思います。」<br />
<div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border: 1px solid #333333;">すごく今日は勉強になりました。自分のことなので客観視できない部分もたくさんあるんですが、皆さんに聞いていただいて、思ったことを教えていただいたことは、私にとってすごく宝物になりました。たくさん聞いていただいて、たくさん考えていただいて本当にありがとうございました。</div>
感想を紹介します。<br />
<br />
○移植を受ける側だけじやなくて、ドナーさんにも人生があり、簡単にお互いの人生を受け入れられる訳ではないことを知って移植の難しさを感じました。「ただ生きる」ということがこれほど単純ではないんだと知ることができたとても深い授業でした。<br />
<br />
○実体験のお話はとても深く心に響きました。とてもプライベートなことをお話してくださって本当にありがとうございます。ドナーさんや移植を受けた方、様々なお立場の人への気持ちへ思いをめぐらす貴重な機会になりました。臓器をいただくという分かりやすいカタチではなくても、私たちは祖先から命を受け継いでいるのだなと思いました。<br />
<br />
○自分には縁がなかった分野だったので、興味深く話を聞くことができました。ただ、本日の内容だけで知った気にならず、今後はより知識を深めていければと思います。<br />
<br />
○移植はこれまで他人事でした。今日の授業でこんな大変なことなんだと思いました。言葉が出ないくらいでした。<br />
<br />
○私は普段、勉強会やセミナーなどの催しにはあまり参加をしないんですが、今回の山田先生の授業は、とても奥深くて、正解のない問題を先生と受講生で考え合うという、なかなかの体験できない貴重な授業でした。<br />
<br />
○今日は最初から胸の詰まる思いをしながら授業に参加しました。私自身、若いうちに身内を亡くしたこともあり、本当に自分自身、生きながらえてよかったのかという思いが今でも頭をよぎることがあります。それとオーバーラップしました。<br />
<br />
○今回は、「いのち」を「つなぐ」、臓器移植について考える授業でした。移植する前には、死も考えたけれど移植して体は元気になった。しかし、幸せではなかった。会う人会う人が元気になってよかったと言ってくれても、自分は誰かの不幸（死）の上に、自分の幸せがあることが許せなかったという気持ちは分かる気がする。しかし、それを乗り越えるきっかけになったのが、ドナーファミリーや医療関係者の前でした感謝のスピーチ。ドナーファミリーから言われた「もらっくれてありがとう。」「あなたが元気にいてくれてうれしい。」という言葉だった。命とは何か、自分にできることは何か、使命とは何かを深く考えることができました。<br />
<br />
○本当にすばらしい授業でした。感動でした、涙が出るほどのお話でした、言葉で書けないほど深く考察できた学びの多い授業でした。</p>
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